ならば、
「閣下の隣まで」
と言へば恐らく默つて私の家まで引いて來るであらう。首から上に六箇所の傷痕を持つ老將軍である。
翁の私に話したいといふ事は「いやさか」と「萬歳」とに就いてゞあつた。日本で何か事のある時大勢して唱和する祝ひの聲はおほよそ「萬歳」に限られてゐる。第一これは外國語であり、而かもその外國語にしても漢音呉音の差により一は「バンゼイ」と發音さるべく、一は「マンザイ」と發音されねばならぬのにかゝはらず、現在の「バンザイ」ではどちらつかずの鵺語《ぬえご》となつてゐる。ことにその語音が尻すぼまりになつて、つまり「バンザイ」の「イ」が閉口音になつてゐるために、陰《いん》の氣を帶びてゐる。めでたき[#「めでたき」は底本では「めだたき」]席に於て祝福の意味を以て唱和さるべき種類のものとしてはどの點から考へても不適當であるといふのである。
それも他に恰好《かつかう》な言葉が無いのならば止むを得ないが、わが國固有の言葉として斯る場合に最もふさはしい一語がある。即ち「いやさか」である。「彌榮《いやさか》え」の意である。これは最初を、「イ」と口を緊《し》めておいて、やがて徐ろに明るく大
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