一編として出したいからと云つて急に原稿を纒めさせられたものであつた。彼はひどく病身で、それに初めての事ではあり、事ごとにまごついて原稿を渡してから出版まで隨分な時間がかかり、ためにその半年ほど後に東雲堂から同じく歌集叢書の一編として出す事になつた『溪谷集』の方が先に町に出てしまつたのであつた。しかも彼はこの一册を(その前に吉井勇君の『毒うつぎ』といふのがあつた)出すと直ぐ死んでしまつた。そしてこの本もそれなりになつてしまつた。印税の約束で出版した『秋風の歌』『砂丘』『朝の歌』『寂しき樹木』、それに散文集二册、すべて初版を出すか出さぬに本屋の都合でその版權が行衞不明になつてしまふなど、よくよくの貧乏性に生れて來たものと苦笑せざるを得ない。
 その『寂しき樹木』と前後して出たものに『溪谷集』がある。『朝の歌』と比べれば歌の柄《がら》の大きさに於て劣り、清澄さに於て――狹く迫つてゐることに於いて優つて居るであらう。これは主として二つの連作から成つてゐると見ていゝ。即ち一つは秋の秩父の溪谷を巡り歩いて詠んだものと、一つは伊豆の土肥温泉に滯在してその海濱の早春を詠んだものとである。
 其處で自分
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