この山のなだれに居りて見はるかす幾重の尾根は濃き森をなせり
蜘蛛手なす老木の枝はくろがねのいぶれるなして落葉せるかも
時すぎて今はすくなき奧山の木の間の紅葉かがやけるかな
[#ここで字下げ終わり]
 一しきりその森を登つてゆくと間もなくそのムグラツトに出た。これも遠目と違つてなか/\大きな草原であつた。荒々しく枯れ靡いてゐる草を押し分けて――もうその草原に來ると路は絶えてゐた――その一番高い所まで登つてゆくと、其處に兩人ともがつくり倒れてしまつた。
 たのしみ/\手をつけずに持つて來た二合壜の口を開いて喇叭飮《らつぱのみ》を始める頃になると、漸く私にも眼を開いて四方の遠望を樂しむ餘裕が出て來た。よく晴れた日で、前面一體には駿河灣が光り輝き、その左に伊豆半島、右手に御前崎が浮び、山の麓の海岸には沼津の千本松原からかけて富士川の川口の田子の浦、少し離れて三保の松原も波の間に浮んで見える。明るい大きな眺めであるが、矢張り富士の見えないのが寂しかつた。その富士はツイ自分等の背後峯の向うに立つてゐる筈なのである。
 酒の勢、腹の滿ちた元氣で、我等はまたその草原から上の森林の中へ入り込んで行つた
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