てた眞前に遊郭があつた。ほんの手狹な空地を利用して建てられたもので、庭らしい庭もなく兼々自分の望んでゐた樣な靜かな、他とかけ離れた樣な場所では決してなかつた。が、今更そんな贅澤《ぜいたく》は言つて居られなかつた。早速私は家主と逢つて、借りる約束をきめた。それは六月の始めで、今月一杯には出來上るとの事であつた。
やがて六月の末が來たが、家にはまだ壁も出來なかつた。七月十五日まで待つて呉れといふ。止むなく待つ事にした。其處へ運惡くも二番目の娘が病みついた。二三日ぶら/\してゐて、いよいよ寢込んだのが七月の朔日《ついたち》か二日であつた。初め二三日、症状がはつきりせず、ともすると腸チブスではないかなどといふ熱の工合であつた。が、程なく肋膜炎だと解つた。しかも、起らねばいゝがと恐れられてゐた肺炎をも併發した。夫婦は晝夜つき切りにその枕頭に坐らねばならなくなつた。
一方差配の爺さんからはそんなことに頓着なく、家のあけ渡しを迫つて來た。病兒の看護のひまを盜み/\私は新しい家の出來上りの催促に通はねばならなかつた。十五日は過ぎ、二十日は過ぎ、たうとう七月は暮れてしまつたが、まだ何彼と手間取つて、
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