その松原の蔭の小さな可愛らしい家には一人二人と大工や左官たちが呑氣《のんき》さうに出入りしてゐるのみであつた。
 壁位ゐは引越してから塗らしてはどうです、といふやうな亂暴を例の差配の爺さんは言ひ出した。よく/\腹に据ゑかねたが、要するに喧嘩にもならなかつた。そして改めて新しい家の方をせきたてて、この八月の九日の朝、いよ/\引越す事にきめた。業腹《ごふはら》ながら爺さんの言葉通りに、荒壁の上塗だけは越してから塗ることにして、九日曉荷物を運び込む故、疊だけは必ず敷いておいて呉れ、と固くも頼んで、看護の片手間にこそ/\と荷造りにかゝつた。醫者は子供を氣遣うて、もともと絶對安靜を要する病氣なのだから出來得る限り、動かす事を延ばさぬかと言うて呉れたが、どうもさうして居られない状態にあつた。
 九日早曉、手傳の人と共に先づ二臺だけの荷馬車を新しい家の方へ差立てた。そしてそれの引返して來る間に私は俥で近所の挨拶※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りに出た。引返して來た荷馬車屋は、行つてみた所まだ一枚の疊も敷いてなく、荷物の置場所に困つたがとりあへず庭先に置いて來たと云ふ。まだ歸さずにおいた俥に
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