の麓まで行き度くなり、次の汽車を待つてその線路の終点駅|飯能《はんのう》まで行つた。着いた時はもう日暮で、引き返すとすると非常に惶《あわただ》しい気持でその日の終列車に乗らねばならなかつた。それに何といふ事なく疲れてもゐたので、余り気持のよくない乾き切つたやうな宿場町の其処にたうとう泊つてしまつた。運悪くその宿屋に繭買ともみゆる下等な商人共が泊り合せてゐて折角いゝ気持で出かけて来た静かな心をさん/″\に荒らされてしまつた。不愉快な気持で翌朝早く起きて飯の前を散歩に出た。漸く人の起き出た町をそのはづれまで歩いて行つて私は思ひもかけぬ清らかな渓流を見出した。飯能《はんのう》と云へば野原のはての、低い丘の蔭にある宿場だとのみ考へてゐたので、其処にさうした見事な渓が流れてゐやうなどゝは夢にも思はなかつたのである。少なからず驚いた私はあわてながらその渓に沿うて少しばかり歩いて行つた。真白な砂、洗はれた巌、その間を澄み徹つた水が浅く深く流れてゐる。昨夜来の不快をも悉く忘れ果て、急いで宿屋へ帰つて朝飯をしまふなり私はまたすぐ引き返して、すつかり落ちついた心になり、その渓に沿ひながら山際の路を上つて行
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング