を通つた時斜めに白い脚をひいて驟雨がその峡にかゝつてゐた。
汽車から見た渓が次ぎ/\と思ひ出さるる。越後から信濃へ越えようとする時にみた渓、その日は雨近い風が山腹を吹き靡けて、深い茂みの葛の葉が乱れに乱れてゐた。肥後から大隅の国境へかからうとする時、その時は冬の真中で、枯木立のまばらな傾斜の蔭に氷つたやうに流れてゐた。大きな岩のみ多い渓であつたとおもふ。
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おしなべて汽車のうちさへしめやかになりゆくものか渓見えそめぬ
たけながく引きてしらじら降る雨の峡《かひ》の片山に汽車はかかれり
いづかたへ流るる瀬々かしらじらと見えゐてとほき峡の細渓
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秋の、よく晴れた日であつた。好ましくない用事を抱へて私は朝早くから街の方へ出て行つた。幸ひに訪ぬる先の主人が留守であつた。ほつかりした気になつたその帰り路、池袋停車場へ廻つて其処から出る武蔵野線の汽車に乗つてしまつた。広々した野原へ出て、おもふさまその日の日光を身に浴びたかつたからである。一度途中の駅へおりたのであつたが、其処等の野原を少し歩いてゐるうちに野末に近くみえてをる低い山の姿をみると是非そ
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