たを瞳の底に、心の底に描き出して何とも云へぬ苦痛を覚ゆるのが一つの癖となつて居る。
 蒼空を限るやうな山と山との大きな傾斜が――それをおもひ起すことすら既に私には一つの寂寥である――相迫っ[#ここのみ拗音が小さい字「っ」になっている]て、其処に深い木立を為す、木立の蔭にわづかに巌があらはれて、苔のあるやうな、無いやうなそのかげをかすかに音を立てながら流れてをる水、ちひさな流、それをおもひ出すごとに私は自分の心も共に痛々しく鳴り出づるを感ぜざるを得ないのである。

 渓のことを書かうとして心を澄ませてをると、さま/″\の記憶がさま/″\の背景を負うて浮んで来る。福島駅を離れた汽車が岩代《いはしろ》から羽前へ越えようとして大きな峠へかゝる。板谷峠と云つたかとおもふ。汽関車のうめきが次第に烈しくなつて、前部の車室と後部の車室との乗客が殆んど正面に向き合ふ位ゐ曲り曲つて汽車の進む頃、深く切れ込んだ峡間《はざま》の底に、車窓の左手に、白々として一つの渓が流れて居るのをみる。汽車は既によほどの高処を走つて居るらしくその白い瀬は草木の茂つた山腹を越えて遥かに下に瞰下《みおろ》されるのである。私の其処
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