渓をおもふ
若山牧水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)机に凭《よ》つて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)終点駅|飯能《はんのう》まで

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから3字下げ]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いよ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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[#ここから3字下げ]
疲れはてしこころのそこに時ありてさやかにうかぶ渓のおもかげ
いづくとはさやかにわかねわがこころさびしきときし渓川の見ゆ
独りゐてみまほしきものは山かげの巌が根ゆける細渓の水
巌が根につくばひをりて聴かまほしおのづからなるその渓の音
[#ここで字下げ終わり]

 二三年前の、矢張り夏の真中であつたかとおもふ。私は斯ういふ歌を詠んでゐたのを思ひ出す。その頃より一層こゝろの疲れを覚えてゐる昨今、渓はいよ/\なつかしいものとなつて居る。ぼんやりと机に凭《よ》つてをる時、傍見をするのもいやで汗を拭き/\街中を歩いて居る時、まぼろしのやうに私は山深い奥に流れてをるちひさい渓のすが
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