自分は窮した。まさかD氏が何新聞で二十二圓、S氏が何中學で二十五圓貰つて居ると、自分の先輩の先例を引くわけにも行かなかつた。自分の默つて居るのをじろ/\と見てゐて、
『せめて五十圓も取れるのかい?』
『え、まア確かにとは言へませんがね……それに何です、私はそんな者にならうとは思つてゐませんのですから……』
『そんな者つて……では一體何になるのや?』
『文學……純文學を目下研究してゐますので……』
 とは言ひかけたが、是にも窮《つま》つた。如何してもこの髮の白い人に向つて、私は詩人になるのです、小説家になるのです、とは言ひ得なかつた。
 母も常に不安の眼をおど/\させて自分等の話を聽いてゐたが、自分がいよ/\答へに困つて來るのを見ると、
『とにかく何かになつて呉れるのだらうね、お前のことだからまさか[#「まさか」に傍点]のこともあるまいと思つて、まア安心はして待つてゐるよ。家《うち》もお前、毎年々々斯んな風になつてゆくのでね、阿父さんも急に老《ふ》けたし、今まで通りの働きも無くなつたしね、まアほんとにお前、夜も晝も心配の絶えたといふことは無いんだから、たゞもうお前一人が頼みでね……』
 
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