學校にゆくやうな風をして宿を出ること。そして、郷里には歸らず、一直線に細島港に向つて走ること、その他でありました。當時わたしの預けられてゐましたのは評判のやかまし屋の士族の家でありましたので、正直に打ちあけて願つた所で、とても許される筈はない。許されるどころか、拳固の二つ三つは當然覺悟しなくてはならない。書置に詳しく書いておいて、逃げ出すが一番安全の策だといふことに、決つたのです。
事はすべて計畫どほりに運ばれました。延岡から細島港まで六里あります。その間をわたしは殆んど走りづめに走りました。さう急ぐことはないのだが、脚がひとりでに走つてゐるのです。しかも、細島に近づいた所では大膽にも山越の近道をやりました。山に入つて近所に人のゐなくなつたのを知るや否や、わたしは泣きながら走りました。初めはしく/\と泣き、後には大聲をあげて泣きました。何故、泣いたか、わたしにもよく解りません。諸君の御推察にまかせます。
細島港の日高屋は、船問屋に旅館業其他を兼ねた大きな家でありました。わたしのその家に入つたのは初めてゞしたが、わたしの家とは舊《ふる》くからの知合で、この家の人でわたしを知つてゐるの
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