たのです。武ちやんの村も、わたしの村も寂しい村で尋常小學校ばかりしか無かつたのです。いろ/\の話にも倦んだころ、ふつと武ちやんがいひました。
『繁《しげ》ちやん/\。ありう見ね。汽船が通つちよるよ』
 今では若山牧水などとむづかしい名をつけてゐますが、その頃は若山の繁ちやんであつたのです。なるほど、眞向うの海の片つ方の岬の端から、一艘の汽船が煙をあげてでてきました。
『ウム、大けな汽船《ふね》ぢやごたるネ』
 その頃の日向は、ほんたうにまだ開けてゐなかつたものですから、汽車は全然通じてゐず、港から港へ寄る汽船の數も、極く少なかつたのです。で、汽船を見ることがまだ珍しうございました。
 その汽船を眺めてゐるうちに、ふと、ある一つの聯想がわたしの頭に浮びました。そして、そのことを武ちやんに話しました。
 話とはかうなのです。ツイ一兩日前に、郷里の母親からわたしに手紙が來て、今度急に思ひたつて都農《つの》の義兄と一緒に讚岐《さぬき》の金比羅《こんぴら》さまにお參りする。そして、そのついでに大阪見物をもして來る、歸りには何かお土産を買つて來るがお前は何がほしいか、こちらあてに返事を出したのでは
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