す。武ちやんはいま東京驛前の大きなビルヂングに事務所をおいて、立派な建築技師になつてゐます。
ほんたうによく晴れた春の日で、日向《ひうが》はごぞんじのとほり暖い國ですから、三月の中旬といふと、もう多分櫻の花なども咲きかけてゐたでありませう。雪雀も囀つてゐたに相違ありません。
西南戰爭で有名な可愛嶽《えのたけ》は東に、北から西にかけては行騰《むかばき》山速日峰といふ大きな山々が屏風のやうに延岡平野をとりかこみ、平野のなかをば大瀬五個瀬の大きな河が流るゝともなく流れてをり、やがてその二つの河が相合して流れ落つる南のかたには、縹渺として限りのない日向洋《ひうがなだ》が、太平洋がうち開けてゐるのです。
そして、すべてが霞んでゐました。野も霞み、河も霞み、山も霞み、海もまたよく凪いで夢のやうに霞んでをりました。眼下の延岡町も麗らかな日光を受けながらも、ほのかに霞んでをりました。
どんなことを二人して話してゐましたか、多分試驗のこと、試驗休みに歸つてゆく郷里のことなどを話してゐたでありませう。武ちやんもわたしも、その延岡町から十里ほど引つ込んだ山奧の村からでてきて延岡高等小學校に遊學してゐ
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