父も釣が好きで、よく一緒に出かけて行つた。たゞ、父の釣はあゆつり[#「あゆつり」に傍点](郷里ではあゆかけ[#「あゆかけ」に傍点]といつてゐた)だけであつたが好きな割には下手で、却つて子供のわたしの方がいつも多く釣つてゐた。この父は愉快なる人で、性質は善良無比、そして酒ばかりを嗜《たしな》んだ。
また夏休みの話だが、夏休みに歸つてわたしはいつも二階に寢てゐた。そして朝寢をしてゐると、父はそうつ[#「そうつ」に傍点]と幾度も階下から覗きに來た。そしていよ/\となると、
『繁、起けんか。今朝、いゝぶえん[#「ぶえん」に傍点]が來たど』
といつた。ぶえん[#「ぶえん」に傍点]とは多分無鹽とでも書くのであらう、氷も自動車もなかつた當時にあつては、普通の肴屋の持つて來る魚といへば鹽物か干物に限られてゐた。中に一人か二人の勇ましいのがあつて涼しい夜間を選んで細島あたりからほんたうの生魚を擔いで走つて來る。彼らはもう仕入れをする時からどこには何をどれだけ置いとくときめてやつて來るのだ。だから走りつく早々臺所口にかねてきめておいた分を投げ込んで置いてまた次へ走る。亂暴な話で、こちらではもう買ふ
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