も買はないもないのである。
父は飮酒家の癖で、朝が早かつた。誰よりも先に起きて圍爐裡に火など焚きつけてゐた。そこへその無鹽賣りが來る。彼はそれを待ち受けてゐて、やがて自身で料理にかゝる。刺身庖丁の使ひぶりは彼の自慢の一つであつた。そして綺麗に料理しあげて、膳をこしらへて、臺所の山に面した縁端へそれを持ち出し、サテ、わたしの起きて來るのを待つのである。澁々私が起きてゆく、父はちやんと用意してあつた膳の上から一つの盃をとつて、
『マ、一ぱいどま、よかろ』
といつてさす。年齒僅に十幾歳の忰を相手に彼はいかにも滿足げに朝の一時間だか二時間だかを過したのである。
その父逝いて十五年、忰もいつか父に劣らぬノミスケ[#「ノミスケ」に傍点]となり、朝晩、ふら/\しながらかうしてたま/\遙に故郷のことなど思ひだすとおのづから眼瞼の熱くなるのを覺ゆるのである。
底本:「若山牧水全集第八巻」雄鶏社
1958(昭和33)年9月30日初版1刷
入力:柴武志
校正:小林繁雄
2001年2月8日公開
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