ず》と巴旦杏《はだんきやう》。杏は二本とも若木であるが、巴旦杏は本當ならいま實を結ぶわけであつた。花は咲いたが、どうもこの木、枯れるらしい。痩せてはゐるがかなりの古木で、枝ぶりもいゝのに惜しいとおもふ。杏では思ひ出す事がある。信州の松代から長野にかけ、所謂《いはゆる》善光寺だひらにこの杏が非常に多い。町家農家を問はず、戸毎に數本のこの木を植ゑて居る。で、これの花どきに小高い山に登つて平野を見下すと到る所この花で埋つてゐるのを見る。私の面白いと思つたのは、里にこれの咲く頃も山はまだ雪である。その雪の山から丁度この花のころ盛んに尾長鳥が里に出て來る。尾長鳥は羽根の美しい鳥で、そしてさほどに人に怯《お》ぢず、私の泊つてゐた松代町の宿屋の庭の木にも、また折々飮みに行つた料理屋の庭にも、ほんの縁さき窓さきの木の枝で遊んでゐた。杏の花と聞けば私はこの美しい、少し愚かげな鳥の姿を思ふのである。
 梅。これも數へれば七八本もあるであらうが多くは野梅《やばい》である。花の小さい、實の小さい、枝のこまかな梅である。豐後梅、紅梅も一本宛あるにはあるが。この木の花は正月の末ころ一りん二りんと咲くあの時がいゝ。
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