極左《きょくさ》の蠅
その頃、不思議な病気が流行《はや》った。
一日に五六十人の市民が、パタリパタリと死んだ。第十八世に一度姿を現わしたという「赤き死の仮面」が再び姿をかえて入りこんだのではないかと、都大路《みやこおおじ》は上を下への大騒動だった。
「きょうはこれで……六十三人目かナ」
死屍室《しししつ》から出て来た伝染病科長は、廊下に据付《すえつ》けの桃色の昇汞水《しょうこうすい》の入った手洗の中に両手を漬《つ》けながら独り言を云った。そこへ細菌科長が通りかかった。
「おい、どうだ。ワクチンは出来たか」
「おお」と細菌科長は苦笑《にがわら》いをしながら足を停めた。「駄目、駄目、ワクチンどころか、まだ培養《ばいよう》できやせん」
「困ったな。今日は息を引取ったのが、これで六十……」
と云おうとしたところへ、肥《ふと》っちょの看護婦がアタフタ駈けてきた。
「先生、すぐ第二十九号室へお願いします。脈が急に不整《ふととの》えになりまして……」
「よオし。すぐ行く」といって再び細菌科長の方を振りかえり、「今日はレコード破りだぞ。こんどが六十四人目だ」
「……」
二人は反対の方角
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