蠅
(妻が失踪《しっそう》してから、もう七日になる)
彼は相変《あいかわ》らず無気力な瞳を壁の方に向けて、待つべからざるものを待っていた。腹は減ったというよりも、もう減りすぎてしまった感じである。胃袋は梅干大《うめぼしだい》に縮小していることであろう。
妻を探しにゆくなんて、彼には、やりとげられることではなかった。外はどこまでも続いた密林、また密林である。人間といえば彼と妻ときりしか住んでいない。食いつめて、虐《しいた》げられて、ねじけきって辿《たど》りついたこの密林の中の荒れ果てた一軒家だった。主人のない家とみて今日まで寝泊りしているのだった。
失踪した妻を探しにゆく気力もなかった。それほど大事な妻でもなかった。結局一人になった方が倖《しあわせ》かもしれない。しかし、倖なんておよそおかしなものである。腹の減ったときに蜃気楼《しんきろう》を見るようなもので、なんの足しになるものかと思った。
陽がうっすらとさしていたのが、いつの間にやら、だんだんと吸いとられるように消えていった。そしてポツポツ雨が降ってきた。密林の雨は騒々《そうぞう》しい。木の葉がパリパリと鳴った。
丸太ン
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