いか。
私はこの頃人造宇宙線の実験に没頭《ぼっとう》しているが、いつもこの種の不安を忘れかねている次第《しだい》である。人造が出来るようになってからは宇宙線の流れる数は急激に増加した。ことに私どもの研究室の中では、宇宙線が霞《かすみ》のように棚曳《たなび》いている。恐らく街頭で検出できる宇宙線の何百倍何千倍に達していることだろうと思う。私はこうして実験を続けていながらも、何か駭《おどろ》くべき異変がこの室内に現われはしまいかと思って、ときどき背中から水を浴びせられたように感ずるのだ。そんなことが度重《たびかさ》なったせいか、今日などは朝からなんだか胸がムカムカしてたまらないのである。
読者は、私が科学者である癖《くせ》に、何の術策《じゅつさく》を施《ほどこ》すこともなく、ただ意味なく狼狽《ろうばい》と恐怖とに襲《おそ》われているように思うであろうが、私とても科学者である。愚《おろ》かしき狼狽のみに止《とど》まっているわけではない。すなわち、ここにある硝子壜《ガラスびん》の中をちょっと覗《のぞ》いてみるがいい。この中に入っているものは何であるか御存知であろう。これは蠅である。
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