き、それに従って、映画の新鮮な味を失うまいと心|懸《が》けた。果してそれは大成功だった。会主の狭い頭脳から出るものよりも、同好者の天才的頭脳を沢山に借りあつめることが、いかに素晴らしい映画を後から後へと作りあげたか、云うまでもない。目賀野千吉は、その方面での、第一功労者にあげねばならない人物だった。
 会は大変|儲《もう》かった。会は彼の功労を非常に多《た》とし、遂《つい》に千五百円を投げ出して、新邸宅を建てて彼に贈った。
「ほほう。あんな方面の労務|出資《しゅっし》が、こんなに明るい新築の邸宅《ていたく》になるなんて、世の中は面白いものだナ」
 彼は満足そうに独言《ひとりごと》を云って、白い壁にめぐらされた洋風間に持ちこんだベッドの上に長々と伸びた。真白な天井《てんじょう》だった。新しいというのは、まことに気持がいいものだ。蠅が一匹止まっている。それさえ何となく、ホーム・スウィート・ホームで、明朗さを与えるもののように思われた。蠅のやつも、恐らく伸び伸びと、この麗《うらら》かな部屋に逆様《さかさま》になって睡《ねむ》っていることであろう。
 彼はうららかな生活をしみじみと味わって、幸福感に浸《ひた》った。いままでの変態的《へんたいてき》な気持がだんだん取れてくるように感じた。もうあの夜の映画観賞会には、なるべく出ないようにしようとさえ考えた。明るい生活がだんだんと、彼の心を正しい道にひき戻していったのだった。
 しかしそれと共に、彼はなんだか非常に頼《たよ》りなさを感じていった。淋《さび》しさというものかも知れなかった。血の通《かよ》っている身体でありながら、まるで鉱石《こうせき》で作った身体をもっているような気がして来た。なにが物足りないのだ。なにが淋しいのだ。
「そうだ、妻君《さいくん》を貰おう!」
 彼は、このスウィート・ホームに欠けている第一番のものに、よくも今まで気がつかなかったものだと感心したくらいだった。
 目賀野千吉は、彼の決心を早速会主に伝達した。
「ああ、お嫁さんなの……」
 と会主は大きく肯《うなず》いてみせた。
「いいのがあるワ。あたしの遠縁《とおえん》の娘《こ》だけれど。丸ぽちゃで、色が白くって、そりゃ綺麗な子よ」
「へえ! それを僕にくれますか」
「まあ、くれるなんて。貰っていただくんだわ。ほほほほ」
 と会主は吃驚《びっくり》するよう
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