な大きな顔で笑った。
そんなわけで、彼は間もなく、新邸《しんてい》の中にまたもう一つ新しく素晴らしいものを加えた。それは生々《なまなま》しい新妻《にいづま》であることは云うまでもあるまい。
新世帯というのを持ったものは誰でも覚えがあるように、三ヶ月というものは夢のように過ぎた。妻君は一向子供を生みそうもなかった代りに、ますます美しくなっていった。やがて一年の歳月が流れた。その間《かん》、彼はあらゆる角度から、妻君という女を味わってしまった。そのあとに来たものは、かねて唱《とな》えられている窒息《ちっそく》しそうな倦怠《けんたい》だった。彼の過去の精神|酷使《こくし》が、倦怠期を迎えるに至る期限をたいへん縮めたことは無論である。彼はひたすら、刺戟《しげき》に乾いた。なにか、彼を昂奮させてくれるものはないか。彼は妻君が寝台の上に睡ってしまった後も、一人で安楽椅子《あんらくいす》によりながら、考えこんだ。白い天井を見上げると、黒い蠅が一匹、絵に書いたように止まっていた。それをボンヤリ眺《なが》ているうちに、彼は思いがけないことに気がついた。
「あの蠅というやつは、もう先《せん》にも、あすこに止まっていたではないか。それが今も尚《なお》、あすこに止まっている。あれは、先の蠅と同じ蠅かしら。違うかしら。もし同じ蠅だとしたら生きているのか死んでいるのか」
彼は不図《ふと》そんなことを思った。しかしそれだけでは、一向彼を昂奮に導くには足《た》りなかった。
「なにものか、自分を昂奮《こうふん》させてくれるものよ、出て来い!」
彼はなおも執拗《しつよう》に、心の中で叫んだ。
「そうだ。あれしかない。古い手だが、暫く見ない。あれをまたすこし見れば、なんとかすこしは刺戟があるだろう」
彼は昔の秘密の映画観賞会のことを思い出したのだった。
(三ヶ月ぶりだ。……)
そう思いながら、彼は或るブローカーから切符を買うと、秘密の映画観賞会のある会合へ、こっそりと忍びこんだ。会主にも表向き会わないで、昂奮だけをソッと一人で持ってかえりたいと思ったからである。
映画はスクリーンの上に、羞らいを捨てて、妖《あや》しく躍りだした。大勢の会員たちが自然に発する気味のわるい満悦《まんえつ》の声が、ひどく耳ざわりだった。しかし間もなく、心臓をギュッと握られたときの駭《おどろ》きに譬《たと》えたいも
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