ら飛びのいた警官たちがソロソロ元のように近づいたころには、もう疑いもなく、煙道の中から落ちてきた物件が何物であるかが明瞭《めいりょう》になった。
 半焼けの屍体《したい》!
 それはずいぶん奇妙な恰好をしていた。半ば骨になった二本の脚が、火床の上にピーンと天井を向いて突立っていた。
 それは逆さになって、この煙道の中に入っていたものらしく、胸部や腹部は、もう完全に焼けて、骨と灰とになり、ずっと上の方にあった脚部が、半焼けの状態で、そのまま上から摺《す》り落《お》ちてきたのだった。
 男か女か、老人か若者か。――そんなことは、ちょっと見たくらいで判別がつくものではなかった。
「コラ失敗《しも》うた。検事さんから、大きなお眼玉ものやがな。下から突きあげんと、あのまま抛《ほ》っといたらよかったのになア」
 と、巡査部長は火掻き棒を握ったまま、大きな溜息《ためいき》をついた。
「もうこうなったら、仕方がありませんよ。それより、今燃えかかっている石炭の火を消して、あの脚をなるべく今のままで保存することにしては如何ですか」
 帆村は慰《なぐさ》め半分、いいところを注意した。
「そうだすなア」と大川は膝を叩いて、後をふりかえり、
「オイ、お前ちょっと水を汲んできて、柄杓《ひしゃく》でしずかにこの火を消してんか。大急ぎやぜ」
 それから彼は、もう一人の警官に命じて、電話を見つけ、本署に急報するようにいいつけた。
 帆村は、そのときソッと其《そ》の場を外《はず》した。部屋を出るとき、ふりかえってみると、大川巡査部長は長椅子の上にドッカと腰うちかけ、帽子を脱いていたが、毬栗頭《いがぐりあたま》からはポッポッポッと、さかんに湯気が上っているのが見えた。


   不意打《ふいう》ち


 いかに帆村といえども、内心この恐ろしい惨劇《さんげき》について、愕《おどろ》きの目をみはらないではいられなかった。主人|鴨下《かもした》ドクトルの留守中に、ストーブの中で焼かれた半焼屍体《はんしょうしたい》? 一体どうした筋道から、こうした怪事件が起ったかは分らないけれど、とにかくこの家のうちには、もっともっと秘密が伏在《ふくざい》しているのであろう。彼はこの際、できるだけの捜査材料を見つけだして置きたいと思った。
「ほう、これは廊下だ。――向うに化粧室らしいものが見える。よし、あの中を調べてみよう」
 彼は勇躍《ゆうやく》して、化粧室の扉を押した。
「この家のうちに、主人鴨下ドクトルのほかに、誰か居たかが分ると面白いんだが――」
 彼の狙《ねら》いは、さすがに賢明だった。
 化粧室を入ったところの正面に、大きな鏡が一枚|掲《かか》げてあった。彼はその鏡の前に立って、台の上を注意ぶかく観察した。果《は》てには台の上に、指一本たてて、スーッと引いてみた。すると台の上に、黒い筋がついた。その指を鼻の先にソッともっていって、彼はクンクンと鼻を犬のように鳴らした。
「フーン。これはフランス製の白粉《おしろい》の匂いだ。すると、この家の中には、若い女がいたことになる。しかも余り前のことではない」
 彼はそこで、なおも奥の方の扉を開いて、中に入った。しばらくすると、彼の姿が再び現われた。その顔の上には微笑が浮んでいた。
「いよいよ若い女がいたことになる。きょうは十二月一日だ。すると十一月二十九日ぐらいと見ていいなア。主人公が留守にした日の前後だ。これは面白い」
 廊下を出ると、そこに階段があった。それを上ろうとすると、一人の警官が横合から現われ、彼の後について、その階段をのぼってゆくのであった。
(先生、僕を監視するつもりかしら?)
 階段を上ると、そこにまた廊下があった。二階はたいへん薄暗い。いつもは電灯がついていたに違いないのだが、スイッチが手近に見あたらない。
 右のとっつきに、扉が半びらきになった部屋があった。それを押して入ると、スイッチがすぐ目に映った。ピーンと上にあげてみると、パッと明りがついて、室内の様子がハッキリした。ここはどうやら食堂|兼《けん》喫煙室らしく、それと思わせるような什器《じゅうき》や家具が並んでいた。なんにせよ、どうも豪勢なものである。――若い警官は、相変らず彼の後について、室内へ入ってきた。
(いよいよ監視するつもりと分った!)
 彼はちょっと不愉快な気持に襲われた。だが次の瞬間、帆村探偵は不愉快もなにも忘れてしまうような物を発見した。それは安楽椅子《あんらくいす》の上に放りだされてあった紙装《かみそう》の小函《こばこ》だった。
「おおこれはどうだ。赤バラ印の弾薬函《だんやくばこ》だッ。これを使う銃は、僕の探していたアメリカのギャングが好んで使う軽機関銃じゃないか。これは物騒《ぶっそう》だぞオ――」と帆村は身ぶるいして、戸口の方をふりかえった
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