。警官は怪訝《けげん》な顔をして、傍《そば》によってきた。このとき廊下を距《へだ》てた向いの暗い室の扉が、音もなく細目に開いて、その中から一挺《いっちょう》の太い銃口《じゅうこう》がヌッと顔を出した。
「呀《あ》ッ、あぶないッ!」と叫んだが、既に遅かった。ダダダーン、ヒューッと、発射された銃弾は帆村たちのいる室内に撃ちこまれた。
「うわーッ、ウーム」
苦しい呻《うめ》き声とともに、監視の警官が、ドサリと床上《ゆかうえ》に人形のように転がった。
「ウウン、やられたッ」
と、こんどは帆村が絶叫《ぜっきょう》した。素早く安楽椅子のかげに身をかわした彼だったが、途端《とたん》に一弾飛びきたって左肩に錐《きり》を突きこんだ疼痛《とうつう》を感じた。彼は床の上に自分の身体が崩れてゆくのを意識した。そして階下から湧き起る警官隊の大声と階段を荒々しく駈けあがってくる靴音とを、夢心地に聞いた。
空虚《くうきょ》のベッド
青年探偵の帆村荘六は恐ろしい夢からハッと覚めた。
気がついて四囲《あたり》を見まわすと、自分は白い清浄《せいじょう》な夜具《やぐ》のなかにうずまって、ベッドの上に寝ていた。
(呀《あ》ッ、そうだ。僕は肩先を機関銃で撃たれて、この病院に担ぎこまれたんだったな)
彼は大阪住吉区岸姫町の鴨下ドクトルの館で、不意に何者かのために、こんな目にあわされ、そして意気地なくもこんなことになって、附近の病院に担ぎこまれたのだった。
電灯が室内をうすぼんやり照らしていた。もう夜らしいが、何時だろうかと、腕時計を見ようとしたが、とたんに彼は、飛びあがるような疼痛を肩に感じた。
「呀ッ、痛ッ」
その叫びに応えるように人の気配がした。手紙でも書くのに夢中になっていたらしい若い看護婦が、愕いて彼の枕頭《まくらもと》に馳《は》せよった。
「お目覚《めざ》めですの。お痛みですか」
彼は軽く肯《うなず》いて、看護婦に時刻を訊いた。
「――そうですね。いま夜の九時ですわ」
と、東京弁で彼女は応えた。
「どうでしょう、僕の傷の具合は――」
「たいして御心配も要らないと、先生が仰有《おっしゃ》っていましたわ。でも暫く我慢して、安静にしていらっしゃるようにとのことですわ」
「暫くというと――」
「一週間ほどでございましょう」
「え、一週間? 一週間もこんなところに寝ていたんじゃ、脳味噌に黴《かび》が生えちまう」と憂鬱《ゆううつ》そうに呟いたが、間もなくニヤリと笑みを浮べると、「看護婦さん、すまないが大急ぎで、電報を一つ打ってきて下さい」
痛そうに帆村は唸《うな》りながら、東京の事務所宛に、簡単な電報を発するよう頼んだ。
看護婦が頼信紙《らいしんし》を手にして廊下を歩いていると、立派な紳士を案内してくる受付の同僚に会った。
「あら。君岡さん、丁度いいわ。あなたのとこの患者さんへ、この方が御面会よ」
上から下まで、黒ずくめの洋服に、ワイシャツと硬いカラーとだけが真白であるという四十がらみの顔色の青白い髭《ひげ》のある紳士が、ジロリと眼で挨拶した。
そこで看護婦の君岡は、電報の用事を受付の看護婦に頼み、自分はその黒ずくめの紳士を伴って、再び室の方にひっかえした。
「さあ、こっちでございますわ」
といって、病室の扉を開いたが、そのとき二人はベッドの上が乱雑になって居り、寝ているはずの帆村荘六の姿が見えないのを発見して愕いた。
「オヤ、帆村さんはどうなすったのでしょう。ウンウン唸っていらっして、起きあがれそうもなかったのに……」
「ウン、これは変だな」
黒ずくめの紳士は、室内に飛びこんできた。
「もし看護婦さん、この窓は、さっきから開いていたのかね?」
「ええ、なんでございますって。窓、ああこの窓ですか。さあ――変でございますわネ。たしかに閉まっていた筈なんですが」
ベッドの頭の方にある中庭に面した窓が、上に押しあげられていたのである。誰がこの窓を開けたのだろう。そして誰が患者の身体を攫《さら》っていったのだろう。
紳士は窓ぎわへ急いで近づくと、首を出して外を見た。地上までは一丈ほどもあり、真暗な植込みが、窓から洩れる淡い光にボンヤリ照らし出されていた。しかし地上に帆村の姿を見出すことはできなかった。
「どうも困ったネ」
「あたし、どうしましょう。婦長さんに叱られ、それから院長さんに叱られ、そして馘になりますわ」
看護婦は、蒼い顔をして崩れるように、椅子の上に身体を抛《な》げかけた。
そのときであった。開いた窓枠に、横合から裸の細長い脚が一本ニューッと現われた。
「アラッ、――」
と看護婦は椅子から飛びあがった。
つづいてまた一本の脚が、すこしブルブル慄《ふる》えながら現われた。それから黄八丈《きはちじょう》まがいの丹前《た
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