あしおと》を忍ばせても、ギシギシ鳴る大階段を、下に下りてゆくと、思いがけなく大きい広間に出た。スイッチをパチンと押して、電灯をつけてみる。
「ああ――」
これは主人の鴨下ドクトルの自慢の飾りでもあろうか、一世紀ほど前の中欧ドイツの名画によく見るような地味な、それでいてどことなく官能的な部屋飾りだ。高い壁の上には誰とも知れぬがプロシア人らしい学者風の人物画が三枚ほど懸っている。横の方の壁には、これも独逸《ドイツ》文字でギッシリと説明のつけてある人体解剖図と、骨骼及び筋肉図の大掲図《だいけいず》とが一対をなしてダラリと下っている。
色が褪《あ》せたけれど、黒のふちをとった黄色い絨毯《じゅうたん》が、ドーンと床の上に拡がっていた。そして紫檀《したん》に似た材で作ってある大きな角|卓子《テーブル》が、その中央に置いてある。その上には、もとは燃えるような緑色だったらしい卓子掛けが載って居り、その上には何のつもりか、古い洋燈《ランプ》がただ一つ置かれてあった。
室内には、この外に、奇妙な飾りのある高い椅子が三つ、深々とした安楽椅子が四つ、それから長椅子が一つ、いずれも壁ぎわにキチンと並んでいた。
もう一つ、書き落としてはならないものがあった。それはこの部屋にはむしろ不似合なほどの大|暖炉《ストーブ》だった。まわりは黒と藍《あい》との斑紋《はんもん》もうつくしい大理石に囲われて居り、大きなマントルピースの上には、置時計その他の雑品が並んでいた。しかもその火床《かしょう》には、大きな石炭が抛《ほう》りこまれて居り、メラメラと赤い焔をあげて、今や盛んに燃えているところだった。
「これやア。えろう燃やしたもんや。ムンムンするわい」
と、巡査部長はストーブの方に近づいた。
「ほほう、こらおかしい。傍へよると、妙な臭《かざ》がしよる――」
「えッ。――」
一同は、愕《おどろ》いてストーブの傍に駆けよった。
崩《くず》れる白骨《はっこつ》
「これ見い。こんなところに、妙な色をした脂《あぶら》みたよなもんが溜っとるわ」
と大川部長は、火かきの先で、火床《かしょう》の前の煉瓦敷《れんがじ》きの上に溜っている赤黒いペンキのようなものを突いた。
「何でっしゃろな」
「さあ――こいつが臭《にお》うのやぜ」
と云っているとき、巡査部長のうしろから帆村が突然声をかけた。
「これア大変なものが見える。大川さん。火床の中に、人骨《じんこつ》らしいものが散らばっていますぜ?」
「ええッ、人骨が――。どこに?」
「ホラ、今燃えている一等大きい石炭の向う側に――。見えるでしょう」
「おお、あれか。なるほど肋骨《ろっこつ》みたいや。これはえらいこっちゃ。いま出して見まっさ」
さすがは場数《ばかず》を踏んだ巡査部長だけあって、口では愕《おどろ》いても、態度はしっかりしたものだ。腰をかがめると、火掻《ひか》き棒《ぼう》で、その肋骨らしいものを火のなかから手前へ掻きだした。
「フーン。これはどう見たって、大人の肋骨や。どうも右の第二|真肋骨《しんろっこつ》らしいナ」
「こんなものがあるようでは、もっとその辺に落ちてやしませんか」
「そうやな。こら、えらいこっちゃ。――おお鎖骨《さこつ》があった。まだあるぜ。――」
大川は灰の中から、人骨をいくつも掘りだした。その数は皆で、五つ六つとなった。
「――もう有りまへんな。こうっと、胸の辺の骨ばかりやが、わりあいに数が少いなア」
と、彼は不審《ふしん》の面持で、なにごとかを考えている様子だった。
それにしても人骨である限り、主人の留守になった建物の中のストーブに、こんなものが入っているとは、なんという愕くべきことだろう。一体この骨の主は、何者だろう。
「あのひどい臭気から推して考えると、もっと骨が見つかるはずですね」と帆村が云った。彼は跼《かが》んで、しばらくストーブの中をいろいろな角度から覗きこんでいたが、ややあって、ひどく愕いたような声をだした。
「呀《あ》ッ。ありましたありました。肋骨が一本、ストーブの煙道《えんどう》のところからブラ下っていますよ。煙道の中が怪しい」
「ナニ煙道の中が……」と、顔色をサッと変えた大川巡査部長は、火掻き棒を右手にグッと握ると、燃えさかる石炭をすこし横に除け、それから下から上に向って火掻き棒をズーッと挿しこみ、力まかせにそこらを掻きまわした。それはすこし乱暴すぎる行いではあったが、たしかに手応《てごた》えはあった。
ガラガラガラという大きな音とともに、煙道の中からドッと下に落ちてきた大きなものがあった。それは、同時に下に吹きだした黒い煤や白い灰に距《へだ》てられて、しばらくは何物とも見分けがたかったけれど、その灰燼《かいじん》がやや鎮《しず》まり、思わずストーブの前か
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