私の肉体と私の霊魂とを分離して頂くことにします」
 博士はついに、こういって、実験を始めたのである。これは実は、博士が修業によって会得《えとく》して来た術であって、なにも聖者をわずらわさなくとも、博士ひとりで出来ることであった。博士としては、これだけは確実に来会者をはっきりおどろかせることが出来る自信があり、これさえ成功するなら、あとの実験はたとえことごとく失敗に終っても、申訳《もうしわけ》がつくと考えていた。
 そこで博士は、うやうやしく壇《だん》の前にいって礼拝をし、それから立上った。博士の考えでは、それから聖者に後向きとなって聴衆の方を向いて座し、それから肉体と心霊の分離術《ぶんりじゅつ》に入るつもりだった。
 ところが、博士の思ってもいないことが、そのときに起った。
 というのは、壇上《だんじょう》の聖者レザールが、博士に向って手を振りだしたのである。
「汝《なんじ》は下がれ。あちらに下がれ」
 レザールは舞台の下手を指した。
 博士はおどろいた。隆夫がなにをいい出したやらと、びっくりした。しかも「汝《なんじ》は下がれ」といったのはギリシア語だったではないか。隆夫がギリシア語を
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