た。聴衆の間からは、溜《た》め息《いき》が聞えた。つづいて嵐のような拍手が起ったが、聖者はそれに答えるでもなく、席についたまま石のように動かず、目を閉じたまま、ただ、とび出た高い鼻を、かぶりものの布がかるく叩いていた。どこからか風が舞台へ吹いて来るものと見える。
 さて、いよいよこれより治明博士一世一代の大芝居が始まることになった。果してうまく行くかどうか、千番に一番のかねあいだ。


   奇蹟《きせき》起る


 もう度胸をきめている治明博士だった。彼はまず聴衆に向って、これより聖者《せいじゃ》レザール氏をわずらわして心霊実験を行うとアナウンスし、
「但し、聖者のおつとめはかなり忙しく、こうしているうちにも多数の心霊の訪問を受けて一々|応待《おうたい》しなければならないので、只今すぐに実験をお願いして、即座にそれが諸君の前に行われるかどうか疑問である。聖者のおつとめの合間をつかむことができたら、諸君は運よく実験を見ることができるわけだ。その点よく御了解《ごりょうかい》を得たい」
 と、巧みにことわりを述べて、伏線《ふくせん》とした。
「それでは、まず第一番として、聖者にお願いして、
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