一つ出てもらえないかしらん」
「出てくれって、ぼくに何をしろとおっしゃるのですか、お父さん」
隆夫のたましいはおどろいて問い返した。
「何もしなくていいんだ。ただ、舞台に出て目を閉じてじっとしていてもらえばいい。何をいわれても、はじめからしまいまで黙っていてもらえばいいんだ。それならお前にもできるだろう」
「それならやれますが、しかしそれでは聴衆《ちょうしゅう》が承知しないでしょう。ぼくばかりか、お父さんもひどい攻撃をうけるにきまっていますよ」
「うん。しかしそのところはうまくやるつもりだ。お父さんもやりたくないんだが、心霊学会ばかりは義理があってね、どうにも断りきれないのだ。お前もがまんしておくれ」
こんなわけで、隆夫のたましいは、はじめて公開の席に出ることになった。彼は不安でならなかった。が、「はじめからしまいまで黙っていればいいんだ」という父親との約束を頼みにした。
一畑治明博士の帰国第一声講演及び心霊実験会――という予告が、心霊学会の会員に行きわたり、会員たちを昂奮させた。新聞社でもこの治明博士の帰国第一声を重視して紙上に報道した。だから会場は当日、会員以外に多数の傍聴人
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