た。
 レザール聖者――実は隆夫のたましいは、待ちかねていたという風に椅子から立上ってきて、父親を迎えた。
「困ったことになったよ、隆夫」
 治明博士は、まゆをひそめて、すぐその話を始めた。
「どうしたのですか、お父さん」
「わしはお前を救うために、こうして日本へ帰って来たんだ。ところが、わしが帰って来たことが広く報道されたため、わしは今方々から講演をしてくれと責《せ》められて断《ことわ》るのによわっている」
「断れば、ぜひ講演しろとはいわないでしょう」
「それはそうだが、中にはどうにも断り切れないのがある。心霊学会《しんれいがっかい》のがそれだ。あそこからは洋行の費用ももらっている。それにお前のことがもう大した評判なんだ。いや、お前というよりも、聖者レザール氏をわしが連れて来たということが大評判なんだ。ぜひその講演会で、術をやってみせてくれとの頼みだ。これにはよわっちまった」
「それは困りましたね。ぼくには何の術も出来ませんしねえ」
 親子はしばらく黙って下を向いていた。やがて治明博士がいいにくそうに口を開いた。
「どうだろうなあ、心霊学会だけに出るということに譲歩《じょうほ》して、
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