われ、うしろを振返ったと思うと、さっと城壁のかげにとびこみ、姿を消した。いや、狼ではなく、飢えたる野良犬《のらいぬ》であったかも知れない。その犬とも狼ともつかないものが振返った方角から、ぼろを頭の上からかぶった男がひとり、散乱《さんらん》した円柱や瓦礫《かわら》の間を縫って、杖をたよりにとぼとぼと近づいてきた。
 彼は、たえず小さい声で、ぼそぼそと呟《つぶや》いていた。
「……しっかり、ついてくるんだよ、わしを見失っては、だめだよ。……もうすぐそこなんだ。多分見つかると思うよ。アクチニオ四十五世さ。新月の夜にかぎって、廃墟の宮殿の大広間に、一統と信者たちを従えて現われ、おごそかな祈りの儀式を新月にささげるのだよ。……隆夫、わしについてきているのだろうね。……そうか。おお、よしよし。もうすこしの辛抱だ。わしはきっとアクチニオ四十五世を探し出さにゃおかない」
 と男は、杖をからんからんとならしながら、空に向って話しかける。
 彼こそ、隆夫の父親の治明博士であったことはいうまでもない。彼は、奇《く》しきめぐりあいをとげた愛息《あいそく》隆夫のうつろな霊魂をみちびきながら、ようやくこれまで登っ
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