明瞭《ふめいりょう》なことばが、その怪影《かいえい》の口から発せられた。
 そのとき隆夫は、ふと我れにかえって、身ぶるいした。そしてふしぎそうに見廻したが遂に怪影を発見して
「あッ。あなたは……」
 と、おどろきの声をのんだ。


   意外な名乗《なの》り


 隆夫《たかお》は、ぞおーッとした。
 急にはげしい悪寒《おかん》に襲《おそ》われ、気持がへんになった。目の前に、あやしい人影をみとめながら、声をかけようとして声が出ない。脳貧血《のうひんけつ》の一歩手前にいるようでもある。
(しっかりしなくては、いけないぞ!)
 隆夫は、自分の心を激励《げきれい》した。
「気をおちつけなさい。さわぐといけない。せっかくの相談ができなくなる」
 低いが、落ちつきはらった声で、一語一語をはっきりいって、隆夫の方へ近づいて来た影のような人物。ことばははっきりしているが、顔や姿は、風呂屋の煙突《えんとつ》から出ている煙のようにうすい。彼の身体を透してうしろの壁にはってあるカレンダーや世界地図が見える。
(幽霊というのは、これかしらん)
 もうろうたる意識の中で、隆夫はそんなことを考える。
「ほう。だ
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