リチクリと刺戟したが、歯を喰いしばって地上に坐りなおした。――どうやら此処は、大きなビルディングの地下室へ降りる石階段の下であるらしい。どうしてこれを地面と感じたのか、一向にわからない。
 不図《ふと》見ると、いつの間にして呉れたのか、左腕には白い繃帯《ほうたい》が厚く厚く巻いてあった。そして脱げた靴が片っ方だけ転がっていた。いやその傍にもう一つ黒いものが転がっていた。それは防弾チョッキだった。それには見覚えがあった。これは確か、最初地下室に忍びこんだときに、既に射殺されようとした猿使いの団員「赤毛のゴリラ」に与えて一命を救ってやったものだった。してみると……、
「うんそうだ。――僕を救い出してくれたのは、『赤毛のゴリラ』だったんだな」
「赤毛のゴリラ」だったら、もっといろいろ尋ねたいことがあったのに……。彼は昨夜の出来ごとを始め、この何日か密偵団の巣窟で起ったことをそれからそれへと、まるで継ぎはぎだらけの映画をうつし出すように想いだしたのであった。
「そういえば、たしか密書を奪ったつもりだったが、あれはどうしたろう?」
 帆村はハッと胸を躍《おど》らせながら、両手をいそがしくポケットからポケットに走らせた。
「うむ、あったぞ!」
 彼は思わず大声をあげた。右のズボンのポケットから出て来たのは、皺《しわ》くちゃになった折り畳《たた》んだ西洋紙だった。
「これだこれだ」
 彼は躍りあがりながら、紙片を拡げてみた。そこには最初に空気管の中で確かめたのと同じく、漫画風の変な恰好の水兵が、パクパクとパイプをくゆらせている画がついていた。
「なんだ。これは漫画じゃないか?」
 密書と思いきや、こんな無邪気な漫画水兵であるとは……。彼は大きい失望を感じながら、なおも紙面を見つめていたが……、
「おお、これは変なところがあるぞ!」
 と、突然|呻《うな》りだした。
「そうだ、これは一種の暗号で、隠し文字法といわれるものだ。いろんな文字が隠してあるのが見える。ハテこの水兵の胴と脚とはRという字に似ているぞ。おやおや、この靴を見ると、変な形になっているぞ、右がEの字で、左の足はどうやらZらしい。このパイプの煙も妙な形をしている。……これは面白い」
 帆村は重傷の事も、あたりが急に明るくなって、このビルディングの小使がゴトゴトと起きだしたことも気がつかない様子で、画面の中から暗号を拾いあげて、いろいろと組み合わせていたが、やがて遂に叫んだ!
「うん、とけたらしい。――八日、デジネフ、ピー、アール、ウェールスか!」
 はて、どうしてそんな事になるのであろうか?


   恐ろしき予感


 帆村探偵は漫画の水兵の画から「八日、デジネフ、ピー、アール、ウェールス」を次のような見方をして、取り出したのだった。
 まず水兵さんの帽子と丸い顔の輪廓とが8の字をなしている。それから、口に銜《くわ》えたパイプの煙をみると、それが渦を巻きながらも左にT、右にHの字に読める。これを合わせると 8TH《エイツス》[#ルビの「エイツス」は底本では「エイス」] となるのである。
「エイツス」とは八日のことである。
 これで日附の符号は解けた。
 次に分りやすいのは、水兵さんの足許《あしもと》の左に石塊《いしころ》のようなものが落ちているが、これはどうみてもDという字がひっくりかえっているとしか思えない。それからこんどは、水兵さんの右足(というと画面では向って左の方の足のことである)は、靴を履いているようであるが、それはどうやらEという字が左へ倒れているもののようである。それから向って右の、水兵さんの左足《さそく》をみると、これはどうみてもZという文字にちがいない。――これでDEZ《デズ》と出た。
 その右方に、これを書いた画家のサインらしいものが見える。H《エッチ》 Nev《ネブ》 とかいてあるらしいが、この「エッチ・ネブ」という綴《つづ》りを上の「デズ」に加えてみると俄然《がぜん》、DEZHNEV《デジネフ》 となって、それで一つまた解けた。
 それから次が、ちょっとむずかしい。
 この水兵さんが口に銜えているのはパイプであるが、どうも変な形である。そこでパイプの頭を上に立ててみると、これがPという字になる。それから水兵さんの胴中がRという文字になっている。
 まだ文字が隠れている。
 水兵さんの向って左の手がWという字になる。そしてその反対の方の手は、Aという字になっている。それは誰にもよく分る。まだある! この水兵さんの鼻を見るがよい。これはどうもLという字に似ているようだ。それからこの口は、変に曲っているが、なんとなくSという文字を横に寝かして、上から叩きのばしたように見えるではないか。――結局これを全部集めてみると、WALES《ウェールス》 という文字ができる
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