しかし室《へや》を抜け出すには生憎《あいにく》彼の位置が入口より遠い奥にあるので、たいへん勝手が悪い。といって愚図愚図していると更《さら》に不利になるので、彼は遂に肉弾戦に訴えることにした。まず割合近くにいる「右足のない梟」を覘うことにし、射撃の間隙《かんげき》を数えながら、ここぞと思うところで、真っしぐらに突撃した。敵は帆村が手許にとびこんできたのにハッと狼狽して拳銃《ピストル》をとりなおそうとする一刹那《いつせつな》、
「エイッ、――」
と叫んで帆村はムズと相手の内懐《うちふところ》に組みついた。
「うぬ、日本人め!」
と「右足のない梟」は叫んで、大力を利用してふり放そうとするが、帆村は死を賭《と》して喰い下った。
「折れた紫陽花――早く射撃するのだ。この日本人を生きて出してはいかぬ。構《かま》わぬから僕を撃つつもりで猛射したまえ」
「そいつは……」
「いいから撃て! 祖国のためだ、われわれの名誉のためだ、早く撃て!」
敵ながら天晴《あっぱれ》なことをいった。流石《さすが》は首領として名ある人物だけのことはあった。――B首領の「折れた紫陽花」は決心をしたものか、その返事の代りに、ズドンズドンと拳銃《ピストル》の銃口《つつぐち》を、組みあった二人の方に向けた。
「あッ、――うぬッ」
帆村は低く呻《うな》って歯をギリギリと噛みあわせた。左の腕に、錐《キリ》をつきこんだような疼痛《とうつう》を感じた。
「やられた!――」
と、その次に叫んだのは「右足のない梟」だった。二人の敵味方は、組み合ったままドウとその場に倒れた。
「折れた紫陽花」はこれを見るより早く、バラバラと二人のところへ駈けつけた。
「よォし、いま日本人をやっつける……」
そういって彼は拳銃《ピストル》の口を下に向けた。帆村は撃たさすまいと思って、組み合ったまま其の場にゴロゴロ転がっている。しかし運悪く、股のところを倒れた椅子に挟んでしまった。
「し、失敗《しま》った!」
もう身動きがならぬ。さあ、その次は、敵の拳銃《ピストル》の的《まと》になるばかりだ。
「折れた紫陽花」はニヤリと意地わるい笑みを浮べると、重い拳銃《ピストル》の口を帆村の背中に擬《ぎ》した。あッ、危い!
その一刹那のことであった。何者とも知れず、覆面の怪漢が砲弾のように飛込んできた。
「待てッ――」
と大喝《だいかつ》したその太い声は、いまや引金を引こうとする「折れた紫陽花」の精神を乱すのに充分だった。声にのまれて思わずハッとするところへ、右手が後へねじられて、手首がピーンと痺《しび》れた。ゴトリと向うの壁際で鳴ったのは彼の手首を離れて飛んでいった拳銃《ピストル》だったろう。
一体何者だ?
帆村が意外の出来ごとに面喰らっているところへ、怪漢は飛びこんで来た、そして彼の身体を「右足のない梟」から引離すと、そのまま肩に引き担《かつ》いで、飛鳥《ひちょう》のように室を飛び出した。そして入口の扉《ドア》をピタリと鎖《とざ》し、ピーンと鍵をかけた。
帆村を背負った怪漢は何処へゆく?
漫画の暗号
怪漢の肩に担がれた探偵帆村は、多量の出血のために頭がボンヤリしていた。ときどき頭が柱か壁のようなものにドカンと衝突すると、ハッと気がつくのであった。あるときは階段をガタガタ駈けのぼっているようだし、あるときは狭いトンネルのような中をすれすれに潜《くぐ》りぬけていたようだった。それ等はほんの瞬間の記憶だけで、あとはまた精神が朦朧《もうろう》としてしまって覚えがない。
「さあ、もう大丈夫!」
そういう声がして、彼はドンと地上に下ろされたところで、再び意識が戻った。たいへんに冷い土の上であった。ピューピューと寒い風が吹きつけるので、彼はワナワナと慄えだした。
「さあ、もう安全なところまで来ましたよ、帆村さん」そういって怪漢は、帆村の破れた服をソッと合わせながら、
「さあ、それでは私はお暇《いとま》しますよ。では」
「待って下さい」
と帆村は苦痛を怺《こら》えながら叫んだ。
「き、君は誰です、僕を助けて下すって……」
「いいえ、お礼はいりませんよ。私は貴方《あなた》に助けてもらったことがあるので、ちょっと御恩がえしをしただけです。そういえばお分りでしょう」
「分らない、誰!」
「誰でもいいじゃありませんか。私はすぐ姿を隠さねばなりません。――」
「ちょ、ちょっと待って」
と云って帆村は半身を起しかけたが、「あッ痛い」と、またもや地上にゴトリと倒れてしまった。そして昏々《こんこん》として睡ってしまった。
それから後、どの位の時間が流れたかしれない。帆村が再び正気にかえったときにはあたりはもうかなり明るかった。彼は元気を盛りかえして身を起した。激しい疼痛《とうつう》が、彼の神経をチク
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