壁際に倒れている第二の犠牲者のところへ近づいた。
「オイッ、しっかりしろ!」
「赤毛のゴリラ」の上衣《うわぎ》を開くと、彼の胸には先刻《さっき》怪人からソッと渡された簡易防弾胸当《かんいぼうだんむねあて》が当っていた。しかし弾丸《たま》は運わるく胸当の端を掠《かす》めて、頤の骨にぶつかったらしく、頸のあたりを鮮血が赤く染めていた。その衝動が激しかったのか、彼は気絶していた。しかし心臓の鼓動は指先にハッキリ感ぜられた。
「このままでは、息を吹きかえすと同時に昏睡《こんすい》してしまうぞ。危い危い」
そういって怪人は黒衣の下からマスクのようなものを出し、ゴリラの顔面に被せてやった。そしてそれが済むと、ドンドンと背中を打って、
「おい、目を覚せ、目を覚すんだ!」
と叫んだ。
激しい刺戟《しげき》に「赤毛のゴリラ」はやっと気がついたか、ウーンと呻《うな》り始めた。
「オイ『赤毛』君。――しっかりするんだ。愚図愚図《ぐずぐず》していると、俺達は死んでしまうぞ」
怪人は気が気ではなかった。隠し持ちたる毒瓦斯を放ったのはよいが、首領を逸してしまっては危険この上もない。首領は何時彼の背後に迫ってくるか知れないのだ。
「ウーン。キ、君は誰だ!」
と赤毛は細い声で呻るように云った。
「誰でもいい。君に防弾衣を恵んだ男だ。――それよりも危険が迫っている。この部屋から早く逃げ出さねば、生命が危い。さあ、云いたまえ。どこから逃げられるのだ」
「あッ。――貴方《あなた》は団員ではないのだネ。イヤ、そんなことはどうでもよい。僕はもう死んでいる筈《はず》だったのだ。逃げよう、逃げよう。貴方と逃げよう。さあ、そこの床にあるスペードの印のあるところを押すんだ。早く、早く」
「なにスペードの印! アッ、これだナ」
と怪人が喜びの声をあげたとき、不意に天井の方から破《わ》れ鐘《がね》のような声が鳴り響いた。
「帆村探偵君、なにか遺言はないかネ」
首領対帆村
――遺言はないか?
と天井裏から叫んだ者は、紛れもなく密室から逃げ去った首領にちがいなかった。その首領は(帆村探偵君!)と呼んだが、一体あの青年探偵帆村はどこにいるというのだ。此処《ここ》は×国|間諜団《かんちょうだん》の巣窟《そうくつ》ではないか。累々《るいるい》と横《よこた》わるのは、みな×国の間諜たちだった。もっとも
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