一人だけ覆面を取らぬ団員があったが……。
「――君の勝だ! 好きなようにしたまえ」
 と、突然叫んだのは、覆面を取らぬ彼の団員だった。彼はスックと立ち上るなり、両手を頭上にあげて、敵意のないのを示した。
「はッはッはッ」と天井裏の声は憎々《にくにく》しげな声で笑った。「日本の探偵さんは、案外もろいですネ。……さァ、動くと生命《いのち》がないぞ。じッとしているんだ」
 いよいよ首領は、この部屋に出て来る気勢をみせた。それを知ると「赤毛のゴリラ」は色を失ってしまった。首領が出て来れば、赤毛の生きていることが分り、一発のもとに斃《たお》されるに決っている。いや既《すで》に首領は赤毛が帆村から恵まれた簡易防弾衣で生命を助かったことを知っているかも知れない。彼としては団員として働いていた間は死を覚悟していた。しかしもう彼は団員でもない。それどころか既に銃殺されて黄泉《こうせん》の客となっていた筈《はず》である。死線を越えて――彼の場合は、死ぬのが恐ろしくなった。
「どうか、私を助けて下さい――」
 赤毛はワナワナ慄《ふる》えながら帆村の腰に獅噛《しが》みついた。
 室内にはシューシューと可《か》なり耳に立つ音がしている。それは毒瓦斯《どくガス》をしきりに排気している送風機の音だった。排気が済まないと、首領は出て来られないのだと、帆村は早くも悟った。
 そこで彼は低い声で、何事かを早口に喋《しゃべ》った。それを聞くと赤毛は肯《うなず》いた。そしてゴロンとその場に倒れてしまった。
 やがて送風機の音が止った。そして正面の鉄扉が弾かれたようにパッと開くと、まるで開帳された厨子《ずし》の中の仏さまのように、覆面の首領が突っ立っていた。その手にはコルトらしいピストルを握って……。
「さあ帆村君。動きたければ動いてみたまえ。ナニ動きたくないって。そうだろう。直《す》ぐピストルの弾丸《たま》を御馳走するからネ。――さて、それよりも君に至急聞きたいことがあるのだから、答えて呉れたまえ」
 といって首領はジリジリと帆村の方に近づいて来た。覆面対覆面――それは首領対帆村の呼吸《いき》づまるような一大光景だった。
「帆村君」と首領はなおも油断なくピストルの口金を帆村の胸にピタリと当てて「君は銀座事件でマッチ函を怪しいと睨んでいるそうだが、一体あのマッチ函のどこが怪しいというのかネ」
「……」帆村は
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