後の祭だ。あの慾深親父も、今更《いまさら》どうしようたって仕方がないだろう」
「いや、あの親父も相当なもので、町長の高村さんに頼みこんで、四郎との仲をこの際どうにか取持ってくれと泣きついているそうだ」
「町長は、どういっとる?」
「どういっとるも、こういっとるもない。高村町長はお里と英三の婚礼の媒酌人じゃ。四郎の前に出るには、ひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]のお面でも被ってでなければ出られまい」
そのひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]の面が入用だといわれた高村町長が、向うからお面もつけずに畦道をやって来たものだから、水田に草むしりをしていた人たちは吃驚《びっくり》した。しかもその後には、凱旋将軍の北鳴四郎と、松屋松吉とが従っていたから、その驚きは二重三重になった。
町長は白い麻の絣《かすり》に、同じく麻の鼠色した袴をはき、ニコニコした笑顔を、うしろにふりむけつつ、
「……この町から博士が出るなんて、考えても見なかった名誉なことじゃ。わしはなんなりと四郎……君のために便宜《べんぎ》を図るを厭《いと》わぬつもりじゃ。遠慮なく、申出て下され」
「いや私が珍しく帰って来たからといって、そんなに歓待して頂こうとは期待していません。ただ今申したとおり、この夏中数ヶ所に撮影用の櫓《やぐら》を建てて廻る地所を貸して頂くことだけには、特に便宜を与えて下さい」
「それくらいのことは何でもない、もっともっと、用を云いつけて下され。何しろ町の名誉にもなることじゃから……」
と、町長は手を取らんばかりに、北鳴四郎に厚意を寄せるのだった。すべては昨夜、町長のところに贈った思いがけなく莫大な土産品《みやげひん》のなせる業《わざ》だった。
北鳴は、町長の言葉が信じられないという風に、わざと黙っていた。
そのとき松吉は、傍にある真新しい半鐘|梯子《はしご》を指して、北鳴に云った。
「これを御覧なすって。これがこの一年間、儂にさせて貰った只一つの仕事なんで……。こういう具合に、町の奴等は、儂に仕事を呉れねえで、虐待しやすで……」
と、町長の方をグッと睨んだ。すると町長は、俄かに笑顔を引込め、松吉のいったことが聞えぬげに空嘯《うそぶ》いた。
「おお、これが松さんの仕事かネ」と北鳴は、梯子を下の方から上の方へ、ずっと眼を移していったが、そのとき何《ど》う思ったものか、カラカラと笑いだした
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