纜工場だけが、睡り男の心臓のように、生きていた。高い、真黒な大屋根の上へ、鉛《なまり》を鎔《と》かす炉《ろ》の熱火《ねっか》が、赫々《あかあか》と反射していた。赤ともつかず、黄ともつかぬ其《そ》の凄《すさ》まじい色彩は、湯のように沸《たぎ》っている熔融炉《ようゆうろ》の、高温度を、警告しているかのようであった。
「組長さん」組下の源太が云った。「おせいさんは、もう身体は、いいのですかい」
 おせいは、実は、わし[#「わし」に傍点]の妾《めかけ》だった、だが、世の中の妾とは違って、昼間は、この工場で働かせ、わし[#「わし」に傍点]の顔で、|電纜の紙捲《ケーブルペーパーま》きという軽い仕事をやらせ、日給は、女性として最高に近いものを、会社から払わせてあった。夜になると、身粧《みつくろ》いをして、合宿から抜け出してくるわし[#「わし」に傍点]を迎えて、普通の妾となった。
「うん、もういいようだ。今夜も、あの電纜工場《ケーブル》で、稼《かせ》いでいる位だァ」
「うふ。組長は、万事《ばんじ》ぬかりが、ねえな」
「なんだとォ――」わし[#「わし」に傍点]は、ピリピリする神経を、やっとのことで抑《お
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