、振ってみると、硝子のところに、茶っぽい色が見えるだろう」
「それとも、やっぱりあれは、血のあとか。いや大きに、御苦労だった。こいつは、少ないが、当座《とうざ》のお礼だ」
 そう云って、わし[#「わし」に傍点]は、十円|紙幣《さつ》を、横瀬の手に握らせ、今日のことは、堅く口止《くちど》めだということを、云いきかせたのだった。


     4


 いよいよ、夜は更《ふ》けわたった。
 月のない、真暗な夜だった。風も無い、死んだように寂《さび》しい真夜中《まよなか》だった。
 かねて手筈《てはず》のとおり、工場の門衛番所に、柱時計が十二の濁音《だくおん》を、ボーン、ボーンと鳴り終るころ、組下《くみした》の若者が、十名あまり、集ってきた。わし[#「わし」に傍点]は、一と通りの探険注意を与えると、一行の先頭に立ち、静かに、構内《こうない》を、第九工場に向って、行進を始めたのだった。地上を匍《は》うレールの上には、既に、冷い夜露《よつゆ》が、しっとりと、下りていた。
「電纜工場《ケーブルこうば》は、夜業をやってるぜ」
「満洲へ至急に納めるので、忙しいのじゃ」
 誰かの声に、そっちを見ると、電
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