包んでしまった。
「いや、御苦労だった」と、わし[#「わし」に傍点]は挨拶《あいさつ》をした。「ところで、もう一つだけ、お前さんに見て貰いたいものがあるんだが」
「あるんなら、早く出しなせえ」
 横瀬は、面倒くさそうに、云った。
「ここには、無いんだ。ちょっと、近所まで附合ってくれ」
「ようがす。ドッコイショ」
 横瀬は、「ひびき」を一本、衣嚢《ポケット》から出して口に銜《くわ》えると、火も点けないで、室内をジロジロと、眺めまわした。
「何を見てるんだ」わし[#「わし」に傍点]は、訊《き》いた。
「マッチは無いのかね」と彼は云った。


     3


 合宿の門を出ると、溝《どぶ》くさい露路《ろじ》に、夕方の、気ぜわしい人の往来《ゆきき》があった。初夏とは云っても、遅《おく》れた梅雨《つゆ》の、湿《しめ》りがトップリ、長坂塀《ながいたべい》に浸《し》みこんで、そこを毎日通っている工場街の人々の心を、いよいよ重くして行った。
 道では、逢う誰彼《だれかれ》が、挨拶をして行った。
 向うから、見覚えのある若い女が、小さい風呂敷包みを抱《かか》えてやってきた。
「お前さん」と其の女は、わ
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