らいいだろうと思うがとか、そいつは、こんな恰好《かっこう》のものになるだろうとか、頭の中で、あそび半分に考えているときは、思いの外《ほか》、まとまった或る形が、うかびあがってくるものだが、さあ本当にこしらえてみよということになると、手をつけるのに、なかなか骨が折れる。
それはそのはずである。実際につくるとなると、車輪一つのことだって、正しい知識が入用《いりよう》になるのだ。錐《きり》をつかえばいいと分っていても、しからば、実際にはどんな形の錐にすればいいのか、その錐をうける土のかたさは、どんな抵抗を生《しょう》じるものであろうか。錐をうごかす動力は、どのくらい入用で、どんなエンジンを使えばいいか等々、かぞえ切れないほどの問題が出てくるのであった。
それだけではない。こっちをたてると、あっちがたたないことがまた問題となる。土をけずる錐は、大きいほどいいわけだが、錐を大きくすると、こんどは地下戦車自身が大きなものになって、地下の孔《あな》をくぐることがむずかしく、速度も出なければ、馬力ばかりたくさん要《い》って不経済のようにも思う。こっちをたてて有利にすれば、あっちがたたなくなって不利となるのだ。
「うわーい、いやになっちまうな」
岡部伍長は、線一本引いてない方眼紙の上をにらみつけながら、丸刈《まるがり》のあたまを、やけにガリガリとかいて、寝所《しんじょ》へ立った。
寝台へもぐりこんだが、もちろん岡部伍長は、ねむられなかった。
「ええと、どうしてやるかな。形は、どうも土龍式《もぐらしき》がいいと思うのだが……」
もぐらの鼻の代りに、円錐形《えんすいけい》の廻転錐《かいてんきり》をつかうのがいいと、はじめから思っていた。しかしそれをどうして廻すか。それを廻して、はたして土はけずれるか。けずれても前進するかどうか。それから第一、廻転錐を廻す動力をどうするのか。また、けずりとられた土をどうするのか。――岡部伍長の頭の中は、麻のようにみだれた。
みなさんだったら、このような問題を、どう片づけますか?
岡部伍長は、寝ぐるしい一夜を送った。
彼は、すこしも睡《ねむ》れなかった――と思っていた。
しかし、夜中に営内の巡視《じゅんし》が、彼の寝ている部屋へも廻ってきたとき、彼、岡部伍長は、たしかに眼をとじ、ごうごうといびきをかいて寝ていたそうである。
(この男は、えらいいびきだな)
巡視の士官《しかん》は、苦笑をして、後に従っている下士官《かしかん》をふりかえった。
(は、よく寝とります)
すると岡部は、むにゃむにゃと口をうごかし、(……あ、そうか。もぐら君、君の鼻に、錐《ドリル》を直結すれば、よかったんだな。なあんだ、わしゃ、そこに気がつかなかったよ。はははは)
と、気味のわるいこえをたてて、岡部は笑った。そして、とたんに、くるりと、寝がえりをうって、また、ぐうぐうと寝こんでしまった。
士官と下士官とは、思わず目と目を見合わせた。
(夢を見て、寝言をいっとるようじゃが、あれは一体なんじゃ)
(さあ、もぐらがどうとかしたといっておりました。報告書に書いて置きますか)
(ふむ。――いや、それにもおよばん。毛布《もうふ》をよくかけといてやれ)
熱心な投書
巡視の士官たちが、戸口から出ていってしまうと、岡部は、その物音に夢をやぶられたか、ぱっと毛布をおしのけて、寝台のうえに半身をおこした。
「ああ、成功。大成功だ。すばらしい考えを思いついたぞ!」
彼は、寝言ではなく、はっきりとものをいって、いそいで寝台を下りた。上靴《じょうか》をつっかけて、彼は、とことこと歩きだしたが、五六歩あるいて、急にはっとした思いいれで、その場に立ちどまり、
「……忘れないうちに、いまのすばらしい発明を手帖に書きとめて置かなければならないと思ったが……ちぇっ、なあんだ、ばかばかしい。わはははは」
彼は、だれも見ていないのに、きまりわるげに、あたまを、ガリガリとかいて、寝台の方へ廻れ右をした。そしてまた、毛布の中に、もぐりこんだ。
「ちぇっ、夢だったか、ばかばかしい。行軍していると、水車小屋のかげから現れたもぐらというのが、体の大きいやつで牛ぐらいあるもぐらの王様だったから、こいつは使えるなと思ったんだ。そのもぐらの先生め、わしの鼻に廻転錐《かいてんきり》を直結しなさいという。なるほど、これは何というすばらしい考えだと……いや、目がさめてみれば、あれまあ、なんというばかばかしい夢をみたもんだな! な、なあーんだ」
彼は、毛布の中で、くっくっと、いつまでも笑いがとまらなかった。
その夜は明けて、翌日となった。
岡部伍長は、腫《は》れぼったい瞼《まぶた》をこすりながら、また自分の机にかじりついた。
「きょうこそは、なんとか形をこしらえなければ……」
と、彼は、がんばりはじめた。
だが、その日も正午になったが、彼が睨《にら》んでいる方眼紙の上には、やはり一本の線も引かれなかった。
こうした日が、三日間続いた。しかも彼は、方眼紙の上に、あいかわらず一本の線も引くことができなかった。頭をつかいすぎたことと、夜眠られないためとで、さすがの彼も、半病人のようになってしまった。
その日の午後、加瀬谷少佐から電話がかかってきて、すぐ部屋へ来いということだった。はい、まいりますと応《こた》えたものの、岡部は、たいへん憂鬱《ゆううつ》だった。きっと隊長は、三日間の結果を報告しろといわれるであろうが、彼は、報告すべき何物ももっていなかった。報告すべき何物もないということは、遊んでいたと同じだと思われても仕方がない。彼は、いやでいやで仕様《しよう》がなかったけれど、隊長に命令で呼ばれて、いかないわけにもいかなかったので、唇をかみしめながら、隊長室の扉を叩いた。
加瀬谷少佐は、待っていた。そこへ入っていった岡部の顔を見ると、少佐は、いちはやく万事《ばんじ》を察したが、それとは口に出さず、
「おい岡部。わしのところへ、このような投書が廻ってきたよ。民間にも、地下戦車をつくることに熱心な者があると見えて、これを見よ、田方松造《たがたまつぞう》という少年から、地下戦車の設計図を送ってよこした。よく見て参考になるようだったら、使うがよろしい。」
「はい」
「こういう図面だが、どうじゃ、うまくいくと思うか」
そういって、加瀬谷少佐は、封筒の中から一枚の紙をとりだして、それをひろげた。その紙面には、別記のような田方式《たがたしき》地下戦車〔第一図〕が描《えが》いてあった。
[#第一図(fig3234_01.png)入る]
この戦車は、頭のところが、例のロータリー除雪車に似た廻転|鋸《のこぎり》になっていて、そのうしろに、車体があり、後方は流線型《りゅうせんがた》になっていた。そして車体には、小さな車輪が左右で十二個つき、なかなかいい恰好《かっこう》であった。
「どうだ、岡部。これは実現できるか、どうか。お前の意見は、どうか」
加瀬谷少佐は、かさねて、岡部にたずねた。
「はい。これは、前進しないと思います」
「前進しない。なぜか」
「たとえば、これを山の中腹に突進させたといたします。なるほど、この廻転鋸がまわれば、周囲の土をけずりますが、しかし前方の土をけずりません。ですから、この車体で前方へ押しても、前方から押しかえされますから、前進出来ません」
「なるほど。では、これを如何に改良せばよろしいか」
「自分の考えとしましては、この先の廻転鋸は力がありませんから、鋸でなく、錐《きり》にかえた方が有効だと思います」
「錐か。どんな形の錐を用いるのか。ちょっと、これへ描いてみよ」
「はい」
少佐に命令されて、岡部は、ちょっとたじろいだが、ぐずぐずしていることは出来ないので、鉛筆をとりあげた。そして、かんたんな図ではあったが、咄嗟《とっさ》に浮んだ形を、そこに描いてみた。〔第二図〕
[#第二図(fig3234_02.png)入る]
「なんだ、これは? 芋《いも》か葉巻煙草《はまきたばこ》かという恰好だな」
と、少佐は、にが笑いをして、岡部伍長の顔を見上げた。
第一号の試験
「はい。すこぶるかんたんでありますが、これなら、前進する自信があります」
岡部伍長の顔は、真赤にほてっている。
「どういうのかね。説明をきこう」
「はい。この大きな部分が、車体であります。エンジン、乗員、その他武装もついているのであります。この前方の三角形は、実は円錐形《えんすいけい》の廻転錐《かいてんきり》を横から見たところでありまして、これが廻転するのであります。自分の最も苦心しましたところは、この回転錐であります」
「ほう、ここを苦心したか。どういう具合に苦心したのか」
「はい」
と岡部はいったが、まさか夢に見たもぐらの話をするわけにもいかないので、
「……ええ、要するに、この円錐形の廻転錐はふかく土に喰《く》い入《い》り、土をけずりながら、車体を前進させます」
「なるほど、ぎりぎりと、ふかく喰《く》いこみそうだな。車体が、大根の尻尾のように、完全な流線型《りゅうせんがた》になっているようだが、これはどうしたのか」
「はい。これは、錐のためけずりとられた土が車体のまわりを滑《すべ》って後方へ送られますが、送られやすいためであります」
「そうなるかなあ」
と、少佐は、首をひねった。
「少佐どの。けずられた土は、どんどん後方へ送られますが、そこに或る程度の真空が出来ます。ために、土は、とぶようにますます後方へ送り出されると考えます」
「ふむ。これだけかね。ほかに何か、附属品はつかないのか」
「いいえ、つきません。これだけでたくさんであります」
「それはすこし乱暴だぞ」
「自分は、そうは思いません。これで大丈夫だと思います」
「そうかなあ」
加瀬谷少佐は、しばらく考えこんでいたが、
「ふむ、なにごとも勉強になることじゃから、大至急、それを実物に作らせてみよう。そして、その上でお前は、運転してみるのだ」
「は、承知しました」
机上《きじょう》で、念には念を入れ、ふかく考えてみることは、大いに必要であるが、しかし考えただけで万事が解《と》けると思っては、大まちがいである。つまり、考えだけでは、解けないことがあるのだ。それを考えに迷いこんで時間におかまいなしに、いつまでも考えていると、結局そのものは、解けない問題ばかりがあまりにふえてきて、泥田《どろた》へ足をふみこんだように、ぬきさしならぬこととなる。
だから、考えるのも、或る程度にとどめなければならぬ。そして早く、実物をつくって実行してみることが、解決を早くする。そのうえ、実物をつくって実行してみると、机の上では、とても気がつかなかったような困難な問題がひょこひょことびだしてきて、行手《ゆくて》を阻《はば》むものである。そこをのりこえなければ、本当に役に立つものは出来ない。
それから三ヶ月の間かかって、岡部伍長がはじめて設計した地下戦車が、工廠《こうしょう》の中で、実物に仕上がった。
さあ、いよいよその試運転の当日である。
防諜《ぼうちょう》のこともあるので、その地下戦車第一号は、厳重なおおいをかけられ、夜行列車に積まれ、東京から程近い某県下の或る試験場へ届けられた。
ここはその試験場であるが、見渡すばかりの原野《げんや》であった。方々に、塹壕《ざんごう》が掘ってあったり、爆弾のため赤い地層のあらわれた穴が、ぽかぽかとあいていたり、破れた鉄条網《てつじょうもう》が植えられてあったり。
試験に従事するのは、加瀬谷少佐を隊長に、ほかに一ヶ小隊の戦車兵であった。
問題の地下戦車第一号は大型の二台の牽引車に鋼条《こうじょう》でつながれ、まわりを小型戦車にまもられながら、ひきずられて、いった。その大きさは、三十トン戦車ぐらいのものであった。
岡部は、もちろん、その地下戦車の中に入り、座席にしがみついていた。
試験をするのに、ちょうど、都合のいいように、土地が切り開いてあった。
「さあ、その斜面
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