は、はいっているよ」
「へえ、二十六頭。あの、もぐらが………」
 二十六頭のもぐらが、はいっているときかされ、一郎は、さすがにおどろいた。彼は、せいぜい四五頭だろうとおもっていたのである。
「二十六頭とは、ずいぶんな数ですね」
「そうだよ。わしは、こんな骨折ったことはない。おかげで、このあたり一帯のもぐら退治ができたよ。どれ、はっきりした数を、かぞえてみようか」
 お百姓さんは、懐中電灯をつかって、箱の中のもぐらの数をしらべた。
「ああ、わかったよ。二十六頭じゃなかった」
「はあ。少なくても、やむを得ません」
「いや、もっとたくさんだ。皆で、ちょうど三十頭ある」
「えっ、三十頭? 一頭五十銭として、皆で、ええと十五円か」
「にいさん。どうも、すみませんね」
「いや、どういたしまして……」
 一郎は、十五円|也《なり》の、もぐら代には、おどろいたが、正直なお百姓さんと約束したことだから、どうも仕方がない。ちゃんと十五円を払って、三十頭のもぐらのはいった箱を、車のうえにつんだ。
「お前さん、三十頭ものもぐらを、どうするつもりかね。やっぱり、毛皮をとるのだろうが……」
「いや、毛皮のことは、考えていないのです。ところで、おじさん。どこか、ひろびろとしたところは、ありませんかね。もちろん、畑みたいなところは、だめです。なるべく、木のすくない、そして土がやわらかで、草は生えていてもいいが、あまり草がながくのびていないところはないでしょうか」
「さあ、どこだろうなあ。一体、そこで、何をしなさるつもりじゃな」
「ええと、それは、まあ、こっちの話なんですが、とにかく、そんな場所があったらおしえて下さい」
「そうじゃなあ。ひろびろとして、木がなく、土がやわらかで、草がみじかいところというと……」
 お百姓さんは、しばらく首を曲げていたが、やがて、とんと足をふんで、
「あるよ、あるよ。この道を、むこうへ、一キロばかりいって、左を見ると丘がある。まわりには松の木が生えているが、その丘の上は、三十万坪もあって、たいへんひろびろとしている。そこがいいだろう」
「そんなところがあるのですか」
「いってみなさい。あまり人がいないよ」


   生きている地下戦車


 その夜、一郎は、もぐらのはいった箱を、車にのせて、お百姓さんにきいたその丘のうえへいってみた。ぼんやりと西の空に、月が出ていた。なるほど、そこは、ひろびろとしている。三十万坪はあろう。
 芝草らしいものが生えているが、草は、同じくらいに、短くかられている。ねころがっても、いいようなところであった。
「これは、いいところだなあ。ここなら、もぐらを放すのには、もってこいの土地だ」
 一郎がもぐらを買いしめたわけは、夜になって、もぐらを放って、生きている地下戦車であるもぐらが、土を掘るところを見るつもりだったのである。
「草のみじかさかげんも、これならおあつらえ向きだ。もぐらさん、さあ放すから、どんどんここを掘ってみておくれ」
 一郎は、車のうえから、箱を下ろして、その入口を開いた。箱のうしろを叩くと、もぐらは、おどろいて、われがちに、せまい入口からぞろぞろと、とびだした。
 淡い月光の下に、草原をもぐらの大群が、突撃隊のように、ころころと、はっていくところは、なかなか風《ふう》がわりな風景であった。一郎は、地下戦車長になる前に、もぐら隊長になろうとは、ゆめにも考えていなかった。
 一郎は、十五円のもぐら隊のあとから、にこにこ笑いながら、様子を見まもっていた。
 なにしろ、もぐらの数は多いし、それに、ここは、べらぼうにひろいから、もぐらの行方を、いちいちしんぱいする必要はなかった。いずれそのうち、もぐらのどれかが土を掘りだすだろうから、そうしたら、そのもぐらのそばへいって、彼の地下進撃ぶりを観察すればいいのであった。
 もぐらの大群は、まっくろな一かたまりになって、青草のうえを、はいまわっている。永いこと車にのせられたので、まだおどろいているらしい。一郎はそり身になって、もう西の森かげに落ちそうな淡い片われ月を見上げた。
「ああ今ここに、高度国防国家日本建設の、かがやかしき歴史が、くりひろげられていくのだ。
 だがぼくの外《ほか》に、だれも、それを知っている者がないのだ。
 ああ、なんという神秘《しんぴ》な夜であろう。――だが一体、ここは、ばかにいいところだ。こんないいところを放っておかないで、家でも建てたらいいだろうに、おしいことだ」
 一郎は、詩情にかられたり、それからまた土地|監理《かんり》案を考えたり――。
 そのうちに、もぐらの群が、なんだか、大きくなったように見えた。それはへんなことだから、そばへいってみると、どうであろう。もぐらはそれぞれ、草原《くさはら》に穴をあけて、中へもぐりこんでいるではないか。中には、もう一メートルちかい穴を掘り、草原のうえに、土をもりあがらせているものさえいた。
「さあ、しめた。生きている地下戦車隊が、地下進撃をおこしたぞ」
 これから、いよいよ、もぐらのお手並拝見である。一郎は、懐中電灯をつけて、そっと、もぐらのそばによった。
 草原が、むくむくともりあがってくると、つづいて、くろい土があがってくる。下では、もぐら先生が、汗だくで、活動しているのであった。だが、中はよく見えない。
 そこで一郎は、もってきた杖のさきで、もぐらをおどかさないようにそっと土をどけた。すると月光と懐中電灯の光がもぐらの背をてらす。もぐら先生は、急に光をあびて、びっくり仰天《ぎょうてん》、大いそぎで、土の中にもぐりこむのであった。
「ああ、やっている、やっている」
 一郎はかんしんして、もぐらが、あわてふためいて土を掘るのを、のぞきこんだ。
「なるほどなあ。もぐら戦車は、はじめ、あの先のとがったかたい鼻で、土を掘りくずし、それから前脚をつかって、その土を、うしろへかき出す。なるほどねえ、上手なものだ。ふーん、かんしんしたぞ」
 一郎にほめられていることもしらず、もぐら先生は、まぶしくて苦しくてたまらない。だから、命がけで、土を掘るのだった。
「これは十五円出した値うちがあったぞ。なかなか参考になる。これでもぐらが、象ぐらい大きかったら、本当の戦争に、もぐら隊をつかったかもしれないねえ。ふーん、かんしんした」
 一郎は、さかんに、かんしんしていたが、かくしから、帳面を出すと、もぐらの活動ぶりを写生しはじめた。


   設計命令下る


 話は、それから、急に五年先へとぶ。
 岡部一郎は、今やりっぱに成人して、ある機械化兵団《きかいかへいだん》の伍長《ごちょう》になっていた。
 これは、一郎が、少年戦車兵を志願して、めでたく入隊したことにより、この躍進の道が、ひらけたのであった。一郎は、まじめで、ねっしんだから、いつも、模範兵であった。
 選抜試験をうけると、そのたびに通過し、まだ年も若いのに、その冬には、伍長になった。
 今でも彼は、毎朝|営舎《えいしゃ》で目をさますと、まず真先《まっさき》に宮城《きゅうじょう》を遥拝《ようはい》し、それから「未来の地下戦車長、岡部一郎」と、手習《てなら》いをするのであった。演習にいっているときには、土のうえに木の枝などをつかって、書くこともあった。
 当時、一郎の隊長は、加瀬谷少佐《かせやしょうさ》であった。少佐は、一郎に目をかけて、特にきびしく教育をした。他の兵が、遊んでいるときも、一郎は少佐の前に坐って、いろいろむつかしい数学や技術の教育をうけた。それからまた、ときには、外国の研究などについても、少佐は、知っているだけのことを、話してきかせた。
 ある日のこと、加瀬谷少佐は、若き岡部伍長をよんで、いった。
「岡部伍長。今日は、お前に、問題をあたえる。相当困難な問題ではあるが、全力をあげて、やってみろ」
「はい」
「その問題というのは、一、最も実現の可能性ある地下戦車を設計せよ――というのだ」
「はい、わかりました。一、最も実現の可能性ある地下戦車を設計せよ」
「そうだ。一つ、やってみろ。今から一週間の猶予《ゆうよ》をあたえる。その間、加瀬谷部隊本部附勤務を命ずる」
「はい」
 一郎は、それをきくと、もう胸の中がうれしさ一ぱいで、ろくに口もきけないほどだった。
「では、引取ってよろしい。明日から、早速《さっそく》はじめるのだぞ」
「はい。自分の全力をかたむけて、問題をやりとげます」
 岡部伍長は、厳粛《げんしゅく》な敬礼をして、よき部隊長の前を下がった。
 さあ、たいへんである。
 これは、今までのように、彼の趣味だけの仕事ではない。軍からの命令であった。国軍のために、実戦に役立つ地下戦車を設計するのだ。たいへんな任務であった。
 彼は、早速《さっそく》その夕刻《ゆうこく》、原隊《げんたい》から、所持品一切をもって、隊本部へ移った。
 彼のために、一つの部屋があたえられた。それは、やがて倉庫になるらしい木造のガランとした部屋であった。
 夕食が済むと、彼は、下士官集会所へも顔を出さず、この新しい部屋へもどってきて、電灯をつけた。
 彼は、どこから手をつけようかと考えながら、ひろい部屋の中を、こつこつと靴音をさせながら、あるきまわった。
 彼は、ふと、窓のそばによった。凍《こお》りついたつめたい窓硝子《まどガラス》の向こうに、今、真赤な月がのぼりつつあった。
 ああ、月がのぼる。
「月を見ると、思い出すなあ」
 と、岡部伍長は、ふと、ひとりごとをいった。
「ゴルフ場ともしらず、三十頭のもぐらを放して、もぐらが土を掘るところを研究したあの夜、あの月を見たなあ」
 もぐら事件のことを思うと、たのしいやら、おかしいやらであった。
 彼は、あのだだっぴろいうつくしい大草原《だいそうげん》が、ゴルフ場だとは、気がつかなかったのであった。ゴルフ場と知ったら、もちろん、もぐらを放《はな》つような、そんならんぼうなことをやらなかったろう。それがゴルフ場だとわかったのは、あの事件が、新聞に出てからのことであった。
 その新聞記事というのが、ふるっていた。
“○○ゴルフ場の怪事件、某国《ぼうこく》落下傘隊《らっかさんたい》の仕業か、多数のもぐらを降下さす”
 彼には、すっかりわけがわかっていたからこの新聞記事を読んでいるうちに、ふきだしてしまった。
 だが……。
 あのゴルフ場の番人が、真夜中になって、クラブハウスの窓から、はるか向こうのゴルフ場の一隅に、怪火《かいか》がゆらぎ(これは一郎のもっていた懐中電灯のことだ)それから朝になっていってみると、約百頭のもぐらが、折角《せっかく》手入れしてあったゴルフ場のフェアウェイを、めちゃめちゃに掘りかえしてあったというのだ。
 百頭とは、話が多すぎる。
 とにかく、このように多数のもぐらが、一時に、ゴルフ場へ匐《は》いこむ筈《はず》がない。だからこれはきっと、空中から落下傘で、もぐらを下《お》ろしたのであろう。
 その目的は、どんなことか、さっぱりわからないが、あの怪火は、落下傘隊員がふりまわしたものであろう――と、まことしやかに報じていた。
「あれは、おかしかったなあ。――しかし、それはそれとして、おれはやっぱりもぐらを基本とした地下戦車を設計するぞ」
 岡部伍長は、自信あり気に、独言《ひとりごと》した。


   方眼紙《ほうがんし》


 岡部伍長は、仕事はじめの夜に、窓から見たまんまるい月のことを、いつまでも忘れられなかった。
 その夜、彼は午後九時まで、地下戦車の設計に、頭をひねったのであった。その結果、どんなものが出来たであろうか。岡部の机のうえには、大きな方眼紙《ほうがんし》がのべられ、そのそばには、さきをとがらせた製図鉛筆が三本、置かれてあったが、午後九時、彼が寝台《しんだい》へ立つまでに、その方眼紙のうえには、一本の線も引かれはしなかった。
「むずかしい。とても、むずかしい!」
 さすがの岡部伍長も、太い溜息《ためいき》とともに、憂鬱《ゆううつ》な顔をした。
 ふだん、こんなものが出来た
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