えば、今は、りっぱな国策商売である。この物資不足の折柄《おりから》、むだにすてられようとする物や、使われもせず家の中にしまいこまれた物を、買いあつめる商売だ。
 こうして、これらの物を戦争につかう新しい物にかえるのである。立派な商売であった。とうとう一郎は、車を引いて、町へ出るようになった。
「廃品は、ありませんか。こわれて役にたたないものがあったら、売ってください」
 彼は、熱心に、家々をまわっていった。
 はじめは、つらかったけれど、慣れるに従って、これは面白い商売だと思うようになった。そして或る日、扇風機《せんぷうき》のこわれたのを買いあてたときには、彼は、とびあがらんばかりに、よろこんだ。
 なぜ、彼は、そのようによろこんだのであろうか。
「すてきだ! このこわれた扇風機をなおして、それから改造するんだ。翼《よく》を、ロータリー除雪車のようになおし、それから台に車をつけると、おもしろいものが出来るぞ。廃品回収屋さんは、儲かる上に、こんなものが手にはいるなんて、いい商売だな」


   扇風戦車失敗の巻


 一郎は、扇風機を改造して、ロータリー除雪車に似たものを作ろうと決心したのであった。
 故障の扇風機をしらべてみると、故障のところは、レバーの接触がよくないのだと分った。こんな故障なんか直すことは彼には、お茶の子さいさいである。
 ロータリーの翼《よく》は、新造しなくてはならないので、ちょっと材料に困った。しかしそれも、木の板に、空缶《あきかん》のブリキ板を貼り、そのうえに、こわれた金具《かなぐ》の中から、いいものをよって、取付けた。すべて、一郎が商売であつめてきたものの中から、自分に都合のよいものを、自分が使うのだから、こんな都合のいいことはない。
「この商売、ナカナカよろしい」
 一郎は、ひとりで、よろこんでいる。そして、何日もかかって、とうとうロータリー車の模型をつくり上げた。
「さあ、あとは、雪がふればいいのだ。雪よ早く降れ、早く降れ」
 と、一郎は、童《わらべ》のように、雪の降るのを祈っていると、それから一週間ほどたって、雪が降った。天も、一郎をはげますためか、うんと雪を降らせた。東京地方には、めずらしいといわれる積雪一メートル半!
「あら、うれしい。いよいよロータリー式地下戦車の模擬試験《もぎしけん》だ!」
 庭へ、例の扇風機を改造したロータリー車を置いた。そして、かねて買い込んでおいた夜店用《よみせよう》の防水電纜《ぼうすいコード》を、家の中から庭まで引張り、その端《はし》に、扇風機のプラグをさしこんだ。あとは、途中につけてあるスイッチをひねれば、このロータリー車は、雪を切るはずだった。
 一郎は、もううれしくてうれしくて、ひとりでに、自分の顔が笑いだすので困ってしまった。
「さあ、ロータリー式地下戦車、進めッ!」
 一郎は、そういって号令をかけると、スイッチを押した。すると、はたして、扇風機――ではないロータリー地下戦車は、まわりだした。雪は八方にとびちった。
「しめたしめた。これで、雪の中を前進すればいいんだ。機関車の代りに僕が押してみよう」
 一郎は、ぶんぶん廻っているロータリー車のうしろを手でもって、積りつもって堤のようになっている雪の横腹《よこっぱら》へ、
「進め、進め!」
 と、ロータリー車を押しつけた。
 ぱちぱちぱち、ぴちぴちぴち。
 ロータリー車は、そんな音をたてて、積った雪の中へ、まるまるとしたトンネルを掘るのであった。
「ああ、愉快だ。ああ、愉快だ」
 他人が見たら、一向おもしろくないことを、一郎は、愉快でしようがないという風に見えた。彼が、小一時間あまりも、それをつづけているうちに、どうしたわけか、ぷーんとへんな臭いがしてきたではないか。
「おやッ、へんな臭《にお》いだぞ。ゴム線が燃えるような臭いだ」
 そのとき、彼は、やっと気がついた。ロータリー車を手許へひきよせ電動機の上にさわってみると、
「あつッ」
 手がつけられないように熱い。そして、ぷーんと、ゴム臭《くさ》い臭《にお》いがし、白い煙が電動機の中から、すーっと昇っていることに、始めて気がついた。
「し、失敗《しま》った。電動機を焼いてしまった」
 と、叫んだが、もう後《あと》の祭《まつり》だった。
 電動機は、いつの間にか、まわらなくなっていた。どうして、こんなことになったのか。
 後で、一郎が考えたところによると、これは、電動機が、むりやりにひどい仕事をさせられたため、焼けてしまったのであった。このような小さい電動機に、雪をかかせるのは、むりであった。雪がやわらかいうちはいいが、雪が固くなると、とてもいけない。そのうちに、線と線との間に火花がとんで、全くまわらなくなったわけである。
 彼は、あとでまた扇風機になおすつもりだったが、この失敗のために電動機の捲線《けんせん》をすっかりやりなおさなければならないことになった。
 失敗は失敗だが、彼の地下戦車研究は、一段とすすんだのであった。
「どうも、あのロータリーは、まずいやり方だ。除雪車なら、雪を外へはねとばしただけでいいんだが、地下戦車となると削《けず》った土は、自分が掘った穴へすてるしかないんだから、もっと考え直さなくては、だめだ。、どうしたら、いいかしら」
 一郎は、失敗に屈《くっ》しないで、もう次の研究を考えていた。地下戦車は穴を掘るだけでなく、削《けず》った土をどこにやるか、その始末をよく考えておかないと、実用にならない。
 これは中々むつかしい研究問題である。一郎は、廃品回収の車をひきながら、それについていろいろと頭をしぼったが、どうもいい工夫がなくて困っていた。
 そのうちに、春になった。
 春にはなったが、地下戦車の問題は、一向すすまなかった。ところが或る朝のこと、彼は郊外を歩いているうちに、思いがけないおもしろいものを見つけた。
 お百姓のおじさんが、もぐらを捕《とら》えているのであった。畠をあらすもぐらが、なぜそんなに彼の注意をひいたか。


   岡部一郎ひるまず


 岡部一郎はなぜ、もぐらをとっているお百姓さんを見て、よろこんだのか。
 彼は、廃品回収車を、道ばたへおき放しにして、そのお百姓さんのところへ、のこのこと近づいた。
 お百姓さんは、一郎のすがたを見ると、手を左右にふっった。
「あれッ、そばへいっちゃ、いけないのかなあ」
 もぐらが、一郎にかみつくといけないと、お百姓さんは、しんぱいしているのであろうか。そんなことなら、何がこわくあるものかと、一郎は、かまわず、お百姓さんの方へ歩いていった。お百姓さんは、また手を左右にふった。
「あれッ。ぼくが来ちゃ、いけないんですかね」
「なに? 来ちゃいけないというわけじゃねえが、今日はなにもお払《はら》いものがないということさ」
 お百姓さんは、岡部一郎が、廃品回収屋の腕章《わんしょう》をつけているのを見て、てっきりお払いものはないかと、ききにきたのだと感ちがいしたのだ。
「ああ、そうですか。おじさん、ぼくは、屑やお払《はら》いものを、うかがいに来たわけじゃありませんよ」
「へえ、お払いをききに来たのじゃないのか。じゃあ、葱《ねぎ》でも、分けてくれというのかね」
「ちがいますよ。そのもぐらのことですよ」
 一郎は、お百姓さんの足許《あしもと》にころがっているもぐらを指した。
「このもぐらに、用があるのかね。ははあ、商売ぬけ目なしだ。もぐらの毛皮を売ってくれというのだろう」
「ああそうか。もぐらの毛皮は貴重な資源だな」
 と、一郎は、一つものおぼえをしたが、
「ねえ、おじさん。ぼくは、もぐらの毛皮よりも、もぐらが、どうして、土を掘るのか、それを知りたいのです。どうぞ、おしえてください」
 それをきいて、お百姓さんは、おどろいて目をまるくした。
「なんじゃ、もぐらが、どうやって、土を掘るか、知りたいというのか。なるほど、お前さんは、まだ子供だから、なんでもめずらしくて、そんなことが知りたいのだな」
「そうじゃありませんよ。ぼくは、今、地下戦車をこしらえようと思って、一生けんめいになっているんです。だから、土掘りの名人のもぐらのことを、ぜひ勉強して、出来れば、もぐら式の地下戦車をこしらえてみたいなあ」
 一郎のいうことは、一郎にはわかっているが、お百姓さんには、ちんぷんかんぷんだった。第一、地下戦車なんてものは何だか、さっぱり見当がつかない。ただ、この少年が、理科ずきと見え、たいへんねっしんに、もぐらの話をききたがっていることだけは、わかった。
「このもぐらというけだものはこんなかわいい顔をしているが、悪いやつじゃ」
 と、お百姓さんは、足で、もぐらの腹を、ぽんとけった。もぐらは、くるっと腹を上に出した。もぐらは、すこしもうごかない。
「このもぐらは、死んでいるの」
「うん、もぐらは、すぐ死ぬるよ。お陽さまにあたれば、すぐに死んでしまうのだよ。だから、昼間はじっと土の中に息をころしていて、夜になると、ごそごそうごきだして、作物をあらすわるい奴じゃ」
 お百姓さんは、もぐらの悪口ばかりをいった。しかしもぐらは、畑の害虫をたべるから、お百姓さんのためにもなっているのだ。
「おじさん、もぐらは、どういう具合に、土を掘るの」
 一郎は、大事なことを、たずねた。
「さあ、それはよく知らんねえ。しかし、もぐらの鼻は、かたくて、ほら、こんなにとがっているだろう。それから前脚なんか、こんなに掌《て》が大きくて、しかも外向《そとむ》きについているだろう。つまり、鼻と前脚とで、やわらかい土を掘るのにちがいないよ」
 お百姓さんは、自分の知っているだけのことをいった。一郎は、うなずいて、
「おじさんは、もぐらが土を掘っているところを、そばに立ってみていたことがあるの」
 と、きいてみた。
「ばか、いわねえもんだ。土を掘るのは夜中だというのに。わしはな、こう見えても、夜中に、わざわざ土を掘るところを見にいくようなばかじゃねえぞ」
 一郎は、それはばかではなくむしろかしこいのだと説明したが、お百姓さんには、それが一向に通じなかった。
 そこで一郎は、自分は、もぐらが土を掘るところを見て、もぐら式の戦車をつくりたいからお百姓さんに、生きているもぐらを、できるだけたくさん、つかまえておいてもらいたい。もぐら一頭につき、五十銭ずつで買うからと頼みこんだ。
「ええ、それは本当かね。一頭につき、本当に五十銭だな」
 お百姓さんは、きげんをなおして、にこにこ笑いだした。


   もぐら一箱


 もぐらがつかまったら、お百姓さんは、一郎のところへ、ハガキをくれることになっていた。
 一郎は、生きているもぐらを買って、どうするつもりであろうか。
 それから四五日たって、お百姓さんから、ハガキが来た。もぐらがたくさんとれたから、至急、買いに来てくれというのである。
 一郎は、さっそく、車をひいて、お百姓さんのところへいってみた。
「こんちは。もぐらが、つかまったそうですね」
 お百姓は、畑をたがやしていたが、一郎を見ると、鍬《くわ》をそこへおいて、やってきた。
「はあ、本当に来たね。お前さんは、本当に、五十銭ずつで買ってくれるのかね」
「大丈夫、本当です」
 お百姓は、しきりに念をおすのだ。
「皆、買うかね」
「それはもちろん。皆買います。多いほど、うまくいくと思うから」
「よし。じゃあ家へ来なせえ。納屋《なや》に入れてあるから」
 お百姓さんにつれられて、一郎は、その家へいった。大きな百姓家だった。この辺で、一番大きいお百姓さんだということだった。
 お百姓さんは、納屋の戸を、がらがらとあけて、中にある大きい箱を指した。
「この箱の中にはいっているよ。中へ、光がさしこまないように、よく目ばりをしてあるが、これだけ頭数をそろえるのに、わしは、ずいぶんくろうしたよ」
「へえ、そうですか。それで、皆で、幾頭はいっているのですか」
 一郎は、もぐらの数をたずねた。
「そうだなあ。数えちがいがあるかもしれんが、すくなくとも、二十六頭
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