が、いつものように始まった。
一郎たちの父親は、一昨年、病気で亡《な》くなった。だから、さびしい母親を、一郎をはじめ、四人の子供たちが、なぐさめ合い、元気をつけているのであった。
食事が終ると、子供たちは、母親のお手伝いをして、跡片付《あとかたづ》けだ。みんなが働くから、どんどん片付いていく。
その後は、みんなラジオの前に、あつまってくる。
だが、一郎は、その夜にかぎって、ラジオの前に出て来なかった。彼は、玄関においてある自分の机の前に坐りこんで、前に一枚の紙をのべて、しきりに首をひねっている。
紙の上は、まだ、まっ白だった。
「ええと、地下戦車というやつは、どんなところをねらって、こしらえればいいかなあ」
彼は、ひとりごとをいった。それで分った。彼は、いよいよ地下戦車の設計にとりかかったのである。察するところ、昼間、係長の小田氏からいわれたこと――“神に祈るのもいいが、ただ祈るだけじゃ、だめだ。また、考えているだけじゃ、だめだ。技術者という者は、考えたことを、早く実物につくりあげて、腕をみがき、改良すべき点を発見して、更《さら》にいい実物をつくり上げるよう、心がけねばならぬ”――ということばが、深く一郎の心に、きざみつけられたものと見える。そこで、いよいよ実物設計にとりかかったわけである。
「どうも、見当がつかないなあ。どこを、ねらえばいいのかなあ」
一郎は、すこし苦戦のていであった。
「とにかく、地面の下を、戦車が掘りながら、前進しなければならないんだから、つまりソノー……」
つまりソノーで、困ってしまった。
一郎は、気をかえて、本箱の間をさがしはじめた。
やがて彼は、一冊の切抜帳を引張り出して、これを机の上に、ひろげた。この切抜帳には、ものものしい題名がついている。曰《いわ》く「岡部一郎戦車博物館第一号館」と!
岡部一郎戦車博物館第一号館!
いや、これは、他の人が読んだら、ふき出して笑うだろう。
しかし一郎は大真面目であった。
各|頁《ページ》には、新聞や雑誌から切り抜いた世界各国の戦車の写真が、ぺたぺたと、はりつけてある。そしてその下には、その戦車の性能が一々くわしく記入されている。
(この戦車が、みんな実物だったら、大したもんだがなあ)
一郎は、切抜帳をひろげるたびに、そう思うのであった。
なにも実物であるには及ばない。たしかにこの切抜帳は、りっぱな戦車博物館である。第一号館は、もう頁《ページ》が残り僅《わず》かであった。
(やあ、もう陳列場所が、いくらもあいていないぞ。近いうち、第二号館の建築に、とりかからなくては……)
一郎は、なかなか忙しい身の上だ。
さて、「第一号館」を、いくども、ひっくりかえしてみたが、そこにある戦車は、いずれも地上を駆《か》ける戦車ばかりであった。こいつを、このまま、地下へはこび入れても、さっぱり前進させることができないことは、明白であった。
「はて、これだけ、りっぱな戦車がたくさんあっても、参考になるものは一つもないぞ」
一郎は失望を禁ずることができなかった。
全く、いやになってしまった。彼は、ごろんと、うしろにたおれて、ぼんやり考えこんでいたが、そのうち、ふと、誰かのいったことばを思い出した。
“欧米など、外国の工業に依存していたのでは、日本にりっぱな工業が起るわけがない。はじめは苦しいし困るかもしれないけれど、日本は日本で一本立ちのできる独得の工業をつくりあげる必要がある。それは一日も早く、とりかからなくてはならないことだ!”
一郎は、むっくり起き上った。
「そうだ。真似をすることなら、猿まわしのお猿だって、うまくする。よし、自分で考えよう!」
「なにを、ひとりごとをいっているの、兄《にい》ちゃん」
後で一番とし下の弟の二郎の声がした。
「二郎、だまっておいでよ」
「いやだい。兄ちゃん、いくよ。お面《めん》!」
ぽかりと、一郎の頭に、新聞紙をまいてつくった代用品の竹刀《しない》が、ふりおろされた。
「ああッ、いたい!」
一郎は、とび上った。なんとまあ、災難《さいなん》な頭の瘤だろう。ちょうど、頭のてっぺんにある。弟までに、その痛いところを殴《なぐ》りつけられて……。
だが、一郎は、逃げ足の早い弟を、追おうともしなかった。じつにそのとき、彼は、神様のお声をきいたように思ったのである。
「そうだ。係長さんが、“おい岡部、その瘤は、もぐらもちの真似をして、こしらえた瘤なんだろう”といった。そうだそうだ。僕は、なにをおいても、自分が地下戦車になったつもりで、まず自分で穴を掘ってみよう。それがいい」
彼は、えらいことを悟《さと》った!
人間地下戦車
次の日から、一郎の生活が一変した。
彼は、朝早く起きると、例の手習いをすませ
前へ
次へ
全23ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング