、その後で、この寒いのに、シャツとパンツとだけになって、庭におりた。
「さあ、僕は地下戦車だぞ。どこから、もぐるかなあ」
彼の手には、シャベルが握られていた。
「さあ地下戦車前進!」
彼は自分で、自分に号令をかけた。そして、えっさえっさと懸《か》け声《ごえ》をして、シャベルで、庭の土を掘りだした。
弟の二郎が、その声をききつけて、とんできた。
「兄ちゃん。そこを掘ってどうするの。畑をこしらえて、お芋《いも》を植えるの」
「ちがうよ」
「じゃあ、ううッ、西瓜《すいか》を植えるの。玉蜀黍《とうもろこし》植えるの」
二郎は、自分の大好きなものばかりを、かぞえあげる。
「ちがうよ、ちがうよ」
「じゃ、なにを植えるの。僕に教えてくれてもいいじゃないか。あ、分った。南京豆《なんきんまめ》だい。そうだよ、南京豆だい」
「ちがうちがうちがう。ああ、くるしい」
一郎はふうふういって、泥だらけの手の甲《こう》で額《ひたい》を横なぐりに拭《ふ》いた。
「あ、兄ちゃんが顔を泥だらけにした。お母ちゃんに、いいつけてこようッと」
二郎は、ぱたぱたと縁側《えんがわ》をはしっていった。一郎は、自分の掘った穴をみている。こんなにふうふういって、穴を掘ったのに、その穴は、やっと自分の頭が、入るくらいの大きさに過ぎなかった。
「この人間戦車は、性能が悪いなあ」一郎は、嘆息《たんそく》した。
しかし、こんなことで、へたばっては、未来の地下戦車長もなにも、あったものではない。そう思った一郎は、再びシャベルを握ると、さらに大きな懸け声を出して、えっさえっさと、穴を掘っていった。
ばたばたと、縁側《えんがわ》に、足音がした。
「まあ、一郎!」母親の、呆《あき》れたらしい声だった。
「ほらね、お母ちゃん。兄《にい》ちゃんの顔、あんなに、泥んこだよ」
「一郎、朝っぱらから、なにをしているのです」
「僕は今、……」いおうと思ったが、一郎は、そこで、あやうくことばを呑んだ。
(ああ、もうすこしで喋《しゃべ》るところだった。語るな、軍機《ぐんき》だ! たとえ、母親にだって)
「ちょっと、いえないの。国防上、秘密のことをやってやる[#「やってやる」はママ]んですからねえ」
「え、国防上秘密のこと?」
母親は、聞きかえしていたが、やがて二郎の頭をなでて、
「二郎や。兄ちゃんは、防空壕《ぼうくうごう》を掘っているのだよ。出来たら、お前も入《い》れてお貰《もら》い」
そういって、母親は安心して、奥に引込んでしまった。
(防空壕? ははあ、これが防空壕に見えるかなあ)
防空壕をつくるにしても、一人では、たいへんである。シャベルをもつ一郎の両腕は、今にも抜けそうになってきた。しかし彼は頑張って、土と闘った。
それでも二十分程かかって、やっと腰から下が入る位の穴が掘れた。
彼は、疲れてしまって、自分の掘った穴に、腰をかけた。シャベルの先をみると、土とはげしく磨《す》り合《あ》ったために、鋼鉄が磨かれて、うつくしい銀色に、ぴかぴか光っていた。
鉄と土との戦闘である――と、彼は、また一つ悟《さと》ったのであった。
それから彼は、また頑張って、庭を掘りつづけた。ようやく、自分の体が入るだけの穴が出来たとき、また母親が顔を出した。
「一郎。もう三十分前だよ。会社へ出かけないと、遅くなりますよ」
「はい。もう、よします」
人間地下戦車は、土を払って、立ち上った。
さて、この調子では、いつになったら、本当の地下戦車が出来ることやら……。
だが、この一見ばからしい土掘り作業こそ、後《のち》の輝かしい岡部地下戦車兵団出現の、そもそも第一|頁《ページ》であったのである。だが、今ここでは岡部将軍も只の一少年工に過ぎなかった。
蘭丸《らんまる》と数値《すうち》
「係長さん、僕は、けさ、人間地下戦車になって、活動を開始しましたよ」
岡部一郎は、会社へいってからお昼の休みの時間に彼をかわいがってくれる係長の小田さんに此《この》報告をした。
「なんだって。その人間なんとかいうのは、なんだね」
係長さんは、鼻の下の小さい髭《ひげ》をこすりながら、一郎の顔をみた。
「人間地下戦車ですよ」
「人間地下戦車? なんだい、それは……」
係長さんは、目をぱちぱちして、鼻の下をやけにこすった。この係長さんは、わからないことがあると目をぱちぱち、鼻の下をやけにこするくせがある。そうやると、頭がよくなって、理解力が出てくるらしい。
そこで一郎は、けさ、うちの庭で、シャベルをもって、土を掘ったことや、母や弟から、防空壕をつくっているのだと思われたことを話した。
「……人間地下戦車は、だめですね。ほんのぽっちりしか、穴が掘れないのですもの……」
と、一郎が残念そうにいうと、係長さんは「
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