未来の地下戦車長”と、また書き始めたのであった。
「おや、岡部。お前、なかなか字がうまいじゃないか」
 とつぜん、うしろで、係長の小田《おだ》さんの声がした。
「いやだなあ、ひやかしちゃ……」
 と、一郎は、きまりが悪くなって、顔をあかくした。
「なんだい、この“未来の地下戦車長”というのは……」
 小田係長は、にこにこ笑いながら、うしろから一郎のあたまをおさえた。
「うわッ。いたい」
 と、一郎は、係長さんの手を払《はら》って、その場にとび上った。
「あれッ。どうした。どこがいたい」
「係長さん、ひどいや。僕の頭に、いたい瘤《こぶ》があるのに、それを上から、ぎゅッとおすんだもの」
「ははあ、瘤か。そんなところに瘤があるとは知らなかった。地下戦車長岡部一郎大将は、はやもう地下をもぐって、そして、そんなでかい瘤を、こしらえてしまったのかね」
 係長さんは、うまいことをいった。
 一郎は、こまってしまった。
 そこで彼は、未来において地下戦車長を志《こころざ》すわけを、係長に話をした。
「そうかい、これはおどろいた。君は、本気で、地下戦車を作るつもりなんだね」
「そうですとも」
「それで、なにか、やってみたのかね」
「え、やってみたとは……」
「なにか、模型でも、つくってみたのかね。それとも、本当に、穴を掘って、地下へもぐってみたのかね。頭に瘤をこしらえているところを見ると、さては、昨日あたり、もぐらもちの真似をやったことがあるね」
 係長さんは、しきりに、一郎の頭の瘤を、いい方へ考えてくれる。
 しかし、この瘤は、そんなことで出来たのではなかった。尤《もっと》もこの瘤は、昨日出来たことだけは、係長さんのことばどおりであったけれど。この瘤は、じつをいえば、昨日、停電した家へ、一郎がいって、ヒューズの取換《とりか》えをやったが、そのとき、うっかりして、鴨居《かもい》へ、頭を、いやというほどぶつけたため、出来た瘤であった。決して、名誉な瘤ではなかったのである。
「係長さん。僕は今のところ、こうやって、毎日手習いをしているのです。そして、神様に祈っているのです」
「なんだ、たった、それだけかい」
「ええ、今のところ、それだけです」
「それじゃ、しようがないねえ」
 係長さんは、はきだすようにいった。
「手習いしていちゃ、いけないのですか」
「いや、手習いは、わるくはないさ。しかし、われわれ技術者たるものはダネ、何か考えついたことがあったら、すぐ実物《じつぶつ》をつくってみることが必要だ。技術者は、すぐ技術を物にしてみせる。そこが技術者の技術者たるところでもあり、誇りでもある。――いや、むつかしい演説になっちまったなあ。くだいていえば、早く実物をつくりなさいということだ。考えているだけで、実物に手を出さないのでは、技術者じゃないよ。実物に手をだせば、机のうえでは気のつかなかった改良すべき点が見つかりもするのだ。おい、未来の地下戦車長どの。こいつは一つ、しっかり考え直して、出直すんだな。私は、たのしみにしているよ」
 そういって、係長さんは、一郎の頭に手をやろうとした。
「おっと、おっと――」
 一郎は、あわてて、体をかわした。
「あははは。これは、うっかりしていた。あははは」
「あははは」
 一郎も笑った。全く、厄介《やっかい》なところへ瘤が出来たものである。
 そのとき、向うから、一郎を呼ぶ声があった。
「おーい、岡部。通《とおり》のそば屋さんから、電話があったんだ」
「おそばなんか、だれも註文《ちゅうもん》しませんよ」
「註文じゃないよ。コンセントのところから火が出て、停電しちゃったとさ。早く来て、直してくれというんだ。ぐずぐずしていると、代用食《だいようしょく》を作るのがおそくなって、会社へも、おそばをもっていけないから、早く来て、直してくれだとさ。だから、お前、すぐ行ってくれ」
「へえ、ばかに、長いことばを使って、修理請求をしてきたものだね」
「それは、そのはずだよ」
「えっ」
「あたまが悪いなあ。電話をかけてきたのは、おそば屋さんだもの。おそばは、長いや。あははは」
「なあんだ。ふふふふ」
 仕事をしていた係の人々も、一度にふきだした。
「これこれ、笑い話は、後にして、岡部、自転車にのって、直《す》ぐ、おそば屋へいって来なさい。一分おくらせれば、それだけ、国家の損失なんだから……」
 係長さんも、にやにや笑いながら、一発痛いところを、一郎たちにくらわせた。


   戦車博物館


 その日の夕方、一郎は、家へ帰った。
 弟や妹が、総出で、お膳の仕度をしていた。やがて、母親が、お勝手から、大きな丼《どんぶり》にもりあげたおかずをもって、お膳《ぜん》のところへ来た。それから、まるで戦場のように急《いぞ》がしくて賑《にぎや》かな食事
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