ぎりぎりという音がして、戦車の頭部から、土がぱらぱらととびちる。
円錐形の廻転錐が、いよいよ廻転をはじめて、赤土をけずりだしたのであった。
「ああ、もぐっていくぞ。案外、いいね」
加瀬谷少佐は、戦車のはねとばす土を、頭からかぶりながら、熱心に、地下戦車の廻転錐のところを注視《ちゅうし》する。
ぶるぶるん、ぶるぶるん。ぎりぎり、ぎりぎり。
地下戦車は、すさまじく土をはねとばしながら、すこしずつ、斜面《しゃめん》の土中《どちゅう》につきすすんでいった。
「やるやる、すごいぞ」
そのうちに、土が、とばなくなってしまった。それは地下戦車が、頭部をすっかり土中に入れてしまったからである。
「おお、これからいよいよ本当の前進じゃ。うまくいくかな」
少佐は、手に汗を握っている。
萱原《かやはら》准尉は、自分が運転をしているかのように、額《ひたい》に汗をにじませて少佐と並んで、地下戦車のうしろから覗《のそ》く。
地下戦車は、それから更に深く土中に入《い》りこんだ。おおよそ、全長の三分の二ばかりが、土中にはいりこんだのであるが、それっきり進まなくなってしまった。
「おや、進まなくなったぞ」
「エンジンは、かかっているのですが……」
「そばへいって、車体を叩《たた》いて、聞いてやれ」
「はい」
萱原准尉が、とんでいって、いわれたように車体を上からどんどん叩いた。
「おい、岡部伍長、どうした?」
ところが、それには返事がなかった。
しかしそのとき、エンジンの響は、さらに一段と大きくなった。全馬力《ぜんばりき》を出しはじめたものらしい。
「おい岡部。どうした!」
かさねて、萱原准尉が、とんとんと車体を叩いた。
然《しか》し、応《こた》えはない。
そのうちに、准尉は、びっくりしたようなこえをあげた。
「おや、これは、へんだぞ」
「どうしたのか、萱原」
「ああ、そうか。車体が廻っているのです。車体が左に廻っております」
「なに、車体が左へ廻っている。それはたいへんだ。それじゃ、宙返《ちゅうがえ》りをやっているのじゃないか。飛行機じゃあるまいし、戦車の宙返りは、感心しないぞ。岡部伍長、なにしとる!」
そのうちに、戦車の排気管から、赤い煙が濛々《もうもう》と出て来た。そしてエンジンが、ぱたりと停ってしまった。少佐は、それをみて、大きくうなずき、
「ああ、あれは危険信号だ。おい、全隊、土を崩して、地下戦車を急ぎ掘り出せ!」
珍らしい号令が出た。
待機していた小隊の全員は、鶴嘴《つるはし》とシャベルとをもって、戦車のそばに駈けつけた。
そして急いで土を崩して、地下戦車を救いにかかった。どうやら、地下戦車第一号は、失敗の巻《まき》らしい。
科学する心
せっかく骨を折って設計した地下戦車第一号が、ものの見事に、失敗の作となってしまったので、岡部一郎の落胆《らくたん》は、非常に大きかった。
彼は、掘りだされた醜態《しゅうたい》の地下戦車の中から瓦斯《ガス》にふかれたまっくろな顔を外へ出したとき、その両眼は、無念の涙で一ぱいだった。
彼は、戦車からはいだすと今にもぶったおれそうな身体を、両脚で支《ささ》えて、加瀬谷少佐の前に出た。
「部隊長どの、自分は……」
とまではいったが、あとはのどにつかえて、声が出なくなった。彼は、歯をくいしばって、われとわが横面《よこつら》を、がーんとなぐりつけた。そして、はっとしたところで、彼は、懸命の声をふりしぼって、
「……自分は、すまないことをいたしました。用意が足りんで、まことに、すまないであります」
岡部一郎は、それだけいうと、もうたまらなくなって、思わず戦車服の袖《そで》で、両眼をおさえた。ぽたぽたと、大粒の涙が、戦車帽の袖から、下に落ちて、土にしみこんだ。
加瀬谷少佐は、じっと岡部伍長のこの様子を見ていたが、そのとき、形を改《あらた》め、
「岡部伍長、今日の地下戦車の試験は、ついに失敗におわった、お前の設計は、まだ充分でない。そのことは、部隊長として、叱《しか》り置く」
と、きめつければ、岡部伍長は、涙にぬれた顔をあげ、厳然《げんぜん》と不動の姿勢をとって、
「はい」と、こたえた。
「だが、この失敗のためにお前に命じた地下戦車研究の志《こころざし》がもしすこしでも鈍《にぶ》るようなことがあれば、わしはお前をさらに叱りつけねばならん」
加瀬谷少佐は、一段と声をはげましていった。
「はい」
「もし、ここでお前の志がくじけることあらば、わしは、お前の御奉公《ごほうこう》の精神をうたがう。つまり、お前は、自分一個の慾心《よくしん》で、これまで地下戦車の研究をつづけていたのだと思い、わしはお前を新《あらた》に叱るぞ」
「は」
「地下戦車の研究は、お前一個の慾望を充たすために
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