「いいえ、つきません。これだけでたくさんであります」
「それはすこし乱暴だぞ」
「自分は、そうは思いません。これで大丈夫だと思います」
「そうかなあ」
加瀬谷少佐は、しばらく考えこんでいたが、
「ふむ、なにごとも勉強になることじゃから、大至急、それを実物に作らせてみよう。そして、その上でお前は、運転してみるのだ」
「は、承知しました」
机上《きじょう》で、念には念を入れ、ふかく考えてみることは、大いに必要であるが、しかし考えただけで万事が解《と》けると思っては、大まちがいである。つまり、考えだけでは、解けないことがあるのだ。それを考えに迷いこんで時間におかまいなしに、いつまでも考えていると、結局そのものは、解けない問題ばかりがあまりにふえてきて、泥田《どろた》へ足をふみこんだように、ぬきさしならぬこととなる。
だから、考えるのも、或る程度にとどめなければならぬ。そして早く、実物をつくって実行してみることが、解決を早くする。そのうえ、実物をつくって実行してみると、机の上では、とても気がつかなかったような困難な問題がひょこひょことびだしてきて、行手《ゆくて》を阻《はば》むものである。そこをのりこえなければ、本当に役に立つものは出来ない。
それから三ヶ月の間かかって、岡部伍長がはじめて設計した地下戦車が、工廠《こうしょう》の中で、実物に仕上がった。
さあ、いよいよその試運転の当日である。
防諜《ぼうちょう》のこともあるので、その地下戦車第一号は、厳重なおおいをかけられ、夜行列車に積まれ、東京から程近い某県下の或る試験場へ届けられた。
ここはその試験場であるが、見渡すばかりの原野《げんや》であった。方々に、塹壕《ざんごう》が掘ってあったり、爆弾のため赤い地層のあらわれた穴が、ぽかぽかとあいていたり、破れた鉄条網《てつじょうもう》が植えられてあったり。
試験に従事するのは、加瀬谷少佐を隊長に、ほかに一ヶ小隊の戦車兵であった。
問題の地下戦車第一号は大型の二台の牽引車に鋼条《こうじょう》でつながれ、まわりを小型戦車にまもられながら、ひきずられて、いった。その大きさは、三十トン戦車ぐらいのものであった。
岡部は、もちろん、その地下戦車の中に入り、座席にしがみついていた。
試験をするのに、ちょうど、都合のいいように、土地が切り開いてあった。
「さあ、その斜面に、地下戦車の鼻さきをつっこんでやれ」
少佐は、ときどきにたりと笑いながら、部下を指揮した。
なにしろこの地下戦車は、土の中ではどんどん走るのかもしれないが、地上では、進退が甚《はなは》だ自由でない。それというのが、この戦車には、地上を走る車輪さえついていないのであった。
「どえらいことになりましたね」
少佐のそばに目を丸くして立っていた萱原《かやはら》という古強者《ふるつわもの》の小隊長が、少佐に向っていったことである。
危険信号
「なにごとも、体験じゃ。とはいうものの、この地下戦車を目的物にあてがってやるまでに、いやに世話がやけるねえ」
「はあ。やっぱり、これは車輪が入用《いりよう》ですなあ」
「岡部伍長は、この次には、車輪をつけるといいだすだろう」
「いや、少佐どの。この次には、岡部は、砲弾みたいに、火薬の力でこの地下戦車を斜面へうちこんでくれなどといい出すのじゃありませんかなあ」
「うむ、いいだしかねないなあ、岡部のことだから……」
そのうちに、用意が出来た。
地下戦車の鼻さきが、やわらかい赤土の中にすこしばかり入った。そして牽引車《けんいんしゃ》は、後に退いた。
「では、始めます」
地下戦車の蓋《ふた》があいて、岡部伍長が顔を出し、信号旗をふった。
加瀬谷少佐は、それにこたえて、手をふった。
岡部が中に引込むと、また一つの首が、出てきた。そして手をふった。
「やあ、ご苦労!」
それは、同乗を命ぜられた工藤上等兵《くどうじょうとうへい》だった。
「萱原准尉《かやはらじゅんい》。工藤は、命令をうけて、別にいやな顔をしなかったか」
「いや、大悦《おおよろこ》びでありました。工藤上等兵と来たら、生命を投げだすようなことは、真先《まっさき》に志願する兵でありまして……」
「ははは、まさか、今日のところは、一命には別条《べつじょう》はあるまい」
「そうですかなあ。私は、心配であります」
そういっているとき、地下戦車の蓋は、ぱたんと閉った。車体のうしろの排気管《はいきかん》から、白い煙が、濛々《もうもう》と出てきた。
「うむ、いよいよ出るらしい」
加瀬谷少佐をはじめ、試験部隊の一同は、固唾《かたず》をのんで、問題の地下戦車の上に視線をあつめる。
そのときであった。
岡部伍長の乗った地下戦車が、ぶるぶるんと震《ふる》えたようである。
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