えなければ……」
 と、彼は、がんばりはじめた。
 だが、その日も正午になったが、彼が睨《にら》んでいる方眼紙の上には、やはり一本の線も引かれなかった。
 こうした日が、三日間続いた。しかも彼は、方眼紙の上に、あいかわらず一本の線も引くことができなかった。頭をつかいすぎたことと、夜眠られないためとで、さすがの彼も、半病人のようになってしまった。
 その日の午後、加瀬谷少佐から電話がかかってきて、すぐ部屋へ来いということだった。はい、まいりますと応《こた》えたものの、岡部は、たいへん憂鬱《ゆううつ》だった。きっと隊長は、三日間の結果を報告しろといわれるであろうが、彼は、報告すべき何物ももっていなかった。報告すべき何物もないということは、遊んでいたと同じだと思われても仕方がない。彼は、いやでいやで仕様《しよう》がなかったけれど、隊長に命令で呼ばれて、いかないわけにもいかなかったので、唇をかみしめながら、隊長室の扉を叩いた。
 加瀬谷少佐は、待っていた。そこへ入っていった岡部の顔を見ると、少佐は、いちはやく万事《ばんじ》を察したが、それとは口に出さず、
「おい岡部。わしのところへ、このような投書が廻ってきたよ。民間にも、地下戦車をつくることに熱心な者があると見えて、これを見よ、田方松造《たがたまつぞう》という少年から、地下戦車の設計図を送ってよこした。よく見て参考になるようだったら、使うがよろしい。」
「はい」
「こういう図面だが、どうじゃ、うまくいくと思うか」
 そういって、加瀬谷少佐は、封筒の中から一枚の紙をとりだして、それをひろげた。その紙面には、別記のような田方式《たがたしき》地下戦車〔第一図〕が描《えが》いてあった。
[#第一図(fig3234_01.png)入る]
 この戦車は、頭のところが、例のロータリー除雪車に似た廻転|鋸《のこぎり》になっていて、そのうしろに、車体があり、後方は流線型《りゅうせんがた》になっていた。そして車体には、小さな車輪が左右で十二個つき、なかなかいい恰好《かっこう》であった。
「どうだ、岡部。これは実現できるか、どうか。お前の意見は、どうか」
 加瀬谷少佐は、かさねて、岡部にたずねた。
「はい。これは、前進しないと思います」
「前進しない。なぜか」
「たとえば、これを山の中腹に突進させたといたします。なるほど、この廻転鋸がまわれば、周囲の土をけずりますが、しかし前方の土をけずりません。ですから、この車体で前方へ押しても、前方から押しかえされますから、前進出来ません」
「なるほど。では、これを如何に改良せばよろしいか」
「自分の考えとしましては、この先の廻転鋸は力がありませんから、鋸でなく、錐《きり》にかえた方が有効だと思います」
「錐か。どんな形の錐を用いるのか。ちょっと、これへ描いてみよ」
「はい」
 少佐に命令されて、岡部は、ちょっとたじろいだが、ぐずぐずしていることは出来ないので、鉛筆をとりあげた。そして、かんたんな図ではあったが、咄嗟《とっさ》に浮んだ形を、そこに描いてみた。〔第二図〕
[#第二図(fig3234_02.png)入る]
「なんだ、これは? 芋《いも》か葉巻煙草《はまきたばこ》かという恰好だな」
 と、少佐は、にが笑いをして、岡部伍長の顔を見上げた。


   第一号の試験


「はい。すこぶるかんたんでありますが、これなら、前進する自信があります」
 岡部伍長の顔は、真赤にほてっている。
「どういうのかね。説明をきこう」
「はい。この大きな部分が、車体であります。エンジン、乗員、その他武装もついているのであります。この前方の三角形は、実は円錐形《えんすいけい》の廻転錐《かいてんきり》を横から見たところでありまして、これが廻転するのであります。自分の最も苦心しましたところは、この回転錐であります」
「ほう、ここを苦心したか。どういう具合に苦心したのか」
「はい」
 と岡部はいったが、まさか夢に見たもぐらの話をするわけにもいかないので、
「……ええ、要するに、この円錐形の廻転錐はふかく土に喰《く》い入《い》り、土をけずりながら、車体を前進させます」
「なるほど、ぎりぎりと、ふかく喰《く》いこみそうだな。車体が、大根の尻尾のように、完全な流線型《りゅうせんがた》になっているようだが、これはどうしたのか」
「はい。これは、錐のためけずりとられた土が車体のまわりを滑《すべ》って後方へ送られますが、送られやすいためであります」
「そうなるかなあ」
 と、少佐は、首をひねった。
「少佐どの。けずられた土は、どんどん後方へ送られますが、そこに或る程度の真空が出来ます。ために、土は、とぶようにますます後方へ送り出されると考えます」
「ふむ。これだけかね。ほかに何か、附属品はつかないのか」
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