、命ぜられているものではない。おそれおおくも、皇軍の高度機械化を一日も速《すみや》かに達成するため、特に地下戦車の設計製作の重責《じゅうせき》をお前が担《にな》っているのである。お前は、それを忘れてはならぬ。一日も速かに地下戦車が欲しいこの時局に、多大の物資を使って、而《しか》もついに失敗したということは、もちろん感心できないことである。しかしながら、失敗を失敗として、そのまま終らせてはならぬ。失敗はすなわち、かがやかしい成功への一種の発条《はつじょう》であると思い、このたびの失敗に奮起して、次回には、更にりっぱな地下戦車を作り出せ。そのときこそ、今日の不面目《ふめんぼく》がつぐなわれ、それと同時に、皇軍の機械化兵力が大きな飛躍をするのだ。泣いているときじゃない。失敗を発条として、つよくはねかえせ。どうだ、わしのいうことがわかるか」
加瀬谷少佐のことばには、無限の慈愛《じあい》が言外《げんがい》にあふれていた。
「は、はい」
岡部伍長は、感激のあまり、腸《はらわた》が千切《ちぎ》れそうであった。
感激は、岡部伍長一人のものではなかった。彼と一緒に、その地下戦車にのりこんでいた工藤上等兵も、伍長の横に直立したまま、唇をぶるぶるふるわせていた。部隊長の傍《かたわら》に並いる萱原准尉その他の隊員たちも、ひとしく尊《とうと》い感激のうちにおののいていた。
ああ歴史的なその大感激の場面よ。その場にいあわせた者は、誰一人として、その日のことを永遠に忘れえないであろう。
「……岡部伍長は、只今より、あらためて粉骨砕身《ふんこつさいしん》、生命にかけて、皇軍のため、優秀なる地下戦車を作ることを誓います」
「よろしい。その意気だ。しかし、機械化兵器の設計にあたって、いたずらに気ばかり、はやってはいかん。機械化には、あくまで、冷静透徹《れいせいとうてつ》、用意周到、綿密にやらんけりゃいかんぞ。新戦車をもって敵に向ったときに、あっけなく敵のためにひっくりかえされるようじゃ、役に立たん。おもちゃをこしらえるのでない。あくまで実戦に偉力《いりょく》を発揮するものを作り出すのだ」
「はい。わかりました」
「よろしい。では、本日の試験は、これで終了した。――おい、岡部伍長と工藤上等兵は、大分疲労しておるようじゃから、皆で、よくいたわってやれ」
加瀬谷少佐は、慈父《じふ》のような温いことばをそこに残して、立ち去った。感激に、また涙を落としている二人の兵のまわりを、萱原准尉その他が取り巻いて、やさしく肩を叩いてやるのが見える。
改良型第二号
そのことあってのち、岡部伍長は、また一段と、地下戦車の研究に、ふるいたったようであった。
彼はまた、例の倉庫の中の研究室にこもって、計算尺をうごかし、紙のうえに、鉛筆を走らせ、一分の時間もおしいという風に見えた。
第一号戦車の失敗以来、一緒に戦車にのりこんだ工藤上等兵が、あらたに彼の助手として、その部屋に机をならべることになった。これは、一つには当人の希望でもあったし、また一つには、加瀬谷部隊長のおもいやりもあって、それが許されたのであった。
だが、岡部伍長は、別に工藤上等兵の手をかりるほどの用はなかったのである。むしろ、工藤が邪魔になって仕方がないくらいであったが、それに反して、工藤はとても大悦《おおよろこ》びであった。
「伍長どの。こんどの設計は、すばらしいようですね。こいつはきっと、大成功ですよ」
工藤は、岡部の前へ来て、方眼紙にかいた設計図を、熱心にのぞきこむのであった。
「おい工藤。そう、お前の頭を前に出してくれるな。そして、しばらくだまっていてくれ」
「は。邪魔をして、わるかったでありますね」
「いや、邪魔というのではないが、お前がこえを出すと、とたんに、そこまで出かかったいい考えが、ひっこんでしまうのだ」
「そうでありますか。では、だまっております」
工藤は、ちょっとさびしそうな顔になって、自分の机の上に、本をひろげる。
そんなことがくりかえされているうちに、何時《いつ》からはじまったか、岡部もよくおぼえていないが、工藤上等兵が、この部屋の出入に、きまってボール紙の函《はこ》を携帯しているのに気がつくようになった。
「工藤。お前がいつも手に持っているその函には、何がはいっているのか。ばかに、大事にしているじゃないか。中には、菓子でもしのばせてあるのではないか」
「ちがいますよ。伍長どの。自分は、御存知《ごぞんじ》のように、酒はすきですが、甘いものは、きらいであります」
「じゃあ、中には何がはいっているのか」
「は、この中には、ソノ、ええと、自分の身のまわりの品がはいっているのであります。あやしいものではありません」
「そうか。それならいいが……」
工藤は、ほっとしたよう
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