事件のことを思うと、たのしいやら、おかしいやらであった。
 彼は、あのだだっぴろいうつくしい大草原《だいそうげん》が、ゴルフ場だとは、気がつかなかったのであった。ゴルフ場と知ったら、もちろん、もぐらを放《はな》つような、そんならんぼうなことをやらなかったろう。それがゴルフ場だとわかったのは、あの事件が、新聞に出てからのことであった。
 その新聞記事というのが、ふるっていた。
“○○ゴルフ場の怪事件、某国《ぼうこく》落下傘隊《らっかさんたい》の仕業か、多数のもぐらを降下さす”
 彼には、すっかりわけがわかっていたからこの新聞記事を読んでいるうちに、ふきだしてしまった。
 だが……。
 あのゴルフ場の番人が、真夜中になって、クラブハウスの窓から、はるか向こうのゴルフ場の一隅に、怪火《かいか》がゆらぎ(これは一郎のもっていた懐中電灯のことだ)それから朝になっていってみると、約百頭のもぐらが、折角《せっかく》手入れしてあったゴルフ場のフェアウェイを、めちゃめちゃに掘りかえしてあったというのだ。
 百頭とは、話が多すぎる。
 とにかく、このように多数のもぐらが、一時に、ゴルフ場へ匐《は》いこむ筈《はず》がない。だからこれはきっと、空中から落下傘で、もぐらを下《お》ろしたのであろう。
 その目的は、どんなことか、さっぱりわからないが、あの怪火は、落下傘隊員がふりまわしたものであろう――と、まことしやかに報じていた。
「あれは、おかしかったなあ。――しかし、それはそれとして、おれはやっぱりもぐらを基本とした地下戦車を設計するぞ」
 岡部伍長は、自信あり気に、独言《ひとりごと》した。


   方眼紙《ほうがんし》


 岡部伍長は、仕事はじめの夜に、窓から見たまんまるい月のことを、いつまでも忘れられなかった。
 その夜、彼は午後九時まで、地下戦車の設計に、頭をひねったのであった。その結果、どんなものが出来たであろうか。岡部の机のうえには、大きな方眼紙《ほうがんし》がのべられ、そのそばには、さきをとがらせた製図鉛筆が三本、置かれてあったが、午後九時、彼が寝台《しんだい》へ立つまでに、その方眼紙のうえには、一本の線も引かれはしなかった。
「むずかしい。とても、むずかしい!」
 さすがの岡部伍長も、太い溜息《ためいき》とともに、憂鬱《ゆううつ》な顔をした。
 ふだん、こんなものが出来た
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