いますよ」
「いえ、御隠居さん、決してそうじゃありませんよ」
「いや、わかっています。わしには何でもわかっているんだ。しかしね、一郎さん。土を掘るのもいいが、地質《ちしつ》のことを考えてみなくちゃ駄目だよ」
「地質ですって」
「今、掘っているのは、どういう土か、またその下には、どんな土があるかということを心得ていないと、穴は掘れないよ」
 御隠居さんは、中々物知らしい。
「じゃあ、教えてくださいよ」
「わしも、くわしいことは知らんが、お前さんが今掘っているその土は、赤土《あかつち》さ」
「赤土ぐらい知っていますよ」
「その赤土は、火山の灰だよ。大昔、多分富士山が爆発したとき、この辺に降って来た灰だろうという話だよ。大体、関東一円、この赤土があるようだ」
「はあ、そうですか。御隠居さんも、なかなか数値のうえに立っているようだな」
「え、なんだって」
 一郎は、口を滑《すべ》らせた。しかし、これは、説明しても、とても御隠居さんには分るまいと思って、だまっていた。すると御隠居さんは、
「赤土が二三十尺もあって、それを掘ると、下から、青くて固い地盤《じばん》が出て来るよ。まるで燧石《ひうちいし》のやわらかいやつみたいだ。こいつは掘るのに、なかなか手間がかかる。しかし、そこまで掘れば、大体いい水が出るね」
「水なんか、どうでもいいのですよ」
「いや、こいつを心得ていないと、とんだ失敗をする。わしが若いころ井戸掘りやっていたときには……」
 と、そこまでいったとき、御隠居さんは、自分の家の人に呼ばれたようである。(お爺《じい》さん、余計なことを言《いい》なさるものじゃありませんよ)(なあに、かまやしないよ、わしは、若いとき井戸掘りで渡世《とせい》していたんだから)(だって、あまり名誉な仕事でもないわ)(そんなことはない。第一、お前もわしが井戸掘り稼業《かぎょう》をしたればこそ、おまんまに事欠《ことか》かなかったんだし、それに井戸掘りがなけりゃ、誰も水が呑めやせん。水が呑めなければ、飯がのどへ通るかい)などと一郎の頭の上で、大分やかましい話がやりとりされていたが、やがて、御隠居さんの顔が、穴の上に現われて、
「おい、一郎さん。シャベルだけじゃ、穴は掘れないよ。うちに、つるはしがあるから、それをお使い」
「はい、すみません」
「そのうちに、わしも、腰の痛いのがなおったら、手伝うよ。
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